黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【134】



「……で、なんであの騎士様が今回の英雄様になる訳なんだ?」

 そう声を上げたのはいつも通りエルだった。

 ディエナがザラッツと共に首都へ行っている間、当然ながらスオートや病床のグローディ卿を放置して仕事を終了する訳にもいかず、セイネリア達はグローディの屋敷にいた。
 とはいえ直接的な危険は去った後ではあるので、屋敷の警護といっても別に常に気を張っていなくてはならない状況ではない。留守を頼む時、あのザラッツでさえも『大仕事の後ですから好きにくつろいでいてください』などと言っていたくらいで、スオートについているカリン以外は基本的に館でのんびりしているというような状況だ。
 だからこうして、やっと全員揃ったのもあってセイネリアが今回の件をどう決着をつけたのかを主に留守番組に話している訳なのだが……。

「ザラッツはディエナを救うため、密かにクバンに部下を送り込み、自分は和平交渉をしたいと言ってザウラ卿のもとへ行った。そうして丁度起こった蛮族の襲撃を利用してディエナともどもザウラ卿の屋敷から逃げる事が出来た。ただその後に屋敷を襲った蛮族達と接触して彼らと話をする機会があって、そこで処刑された蛮族の仲間という男の話から何かがおかしいと思い、ザウラ卿にひそかに確認の文書を送った」
「あー……つまり、それで元凶はザウラ卿と蛮族の間にいた奴だったってぇ事が判明した、っていう流れか」

 こうしてセイネリアが説明する時、エルは率先して皆が疑問に思いそうな事を聞いてそれに対して反応してくれる。セイネリアの話を分かりやすくすると同時に、内容を軽くする効果があって実際有り難い。

「そうだ、ただ蛮族達は既に元の部族の方に連絡をした後で、部族は報復のためにザウラへの侵攻を開始していた。そこでザラッツは自分が接触した蛮族を通して、侵攻してきた蛮族の部隊と交渉しようとした」
「そンで交渉して最終的に、悪いのはザウラ卿の部下の奴だからそいつを引き渡すんで退いてくれって事で話をまとめた……ってことになる訳だ」

 エルが納得して頷けば他の連中も理解して、同じく頷く者や成程と呟く声が返ってくる。

「そういう事だ、両領主間の問題の原因を見つけて解決しただけではなく、交渉によって蛮族達を退かせた――どう考えても今回の件を丸く収めた英雄様だ」
「は、お前の手柄を全部あの騎士様にくれてやっただけじゃねーか」
「それは少し違うだろ。俺はそれを全部仕組んだ側だ」
「あーそうだな、お前は英雄なんてモンじゃねーな、黒幕だ黒幕」

 エルの嫌味にセイネリアは笑う。他の連中は苦笑いといったところだが、基本的に場の空気自体は軽い。

「でもちょっと勿体ないわよね。だって本来蛮族と交渉したのも両領主を和解させたのも全部あんたのおかげじゃない。正直に言ったらあんたが英雄……はなかったとしても豪勢な褒美くらいは貰えたんじゃない?」
「その代わり蛮族をけしかけて騎士団員を殺した重罪人にもなる」

 そう返せばヴィッチェも顔を顰めて黙る。

「ま、上の連中にとっちゃ下っ端が何人死のうがどうでもいいことだろうがな。どちらの領主も厳罰に処する程の必要もなく和解して、蛮族を退かせたという結果だけがあればいい。その時に一人英雄をまつり上げておけば、騎士団の不甲斐なさも不幸な犠牲者がいたことも覆い隠せる」

 だからザラッツを英雄に仕立てあげる事は国側にとっても都合がいい筈だった。なにせ情報屋からの話だと、ワーゼン砦が陥落したことは首都では公表されていないらしく、上の連中以外はただザウラ領に蛮族の襲撃があったとだけしか知らないという事だ。勿論、騎士団の北東支部が壊滅したなんて事も公表されている筈もない。となれば華々しくザラッツをまつり上げる事で都合の悪いこちらの被害は有耶無耶に出来ると考えるだろう。

 結局、上の連中にとっては真実などどうでもよいのだ。魔法によって真実を知る事が出来るにもかかわらず、それを使わず都合のよい結果を選ぶ。恐らく王も、実際はザウラとグローディの間にちょっとした取引があったのだろうと察しはするだろうが、満足する結果で終わるのなら細かい不正や嘘などどうでもいいと考える筈だった。

 だからディエナの交渉は上手くいくだろうと思ってはいたが――全てが終わって帰ってきた彼らは、セイネリアの考えた以上の結果を持ち帰ってきた。




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