黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【123】



 スローデンは呆けたように脱力して自分の部下を見下ろす。けれど暫くして、セイネリアを睨んで言って来た。

「き……貴様が蛮族を操って騎士団支部を襲ったと言えば、そちらも無傷では済まない筈だ。グローディは蛮族と通じていたと、そう訴えれば王はこちらの正当性を認めるかもしれない。そもそもロスハンを襲った蛮族共はこちらに雇われたという証拠は何もない、王がこちらの正当性を認めれば蛮族を撃退する兵も……」

 セイネリアはそれにはわざと肩を竦めて見せ、また片腕を背もたれに掛けて馬鹿にしたように笑ってみせた。

「今、首都から兵を寄越したって間に合わないだろ。それに言い忘れていたが、あんたが蛮族を雇ってロスハンを殺した事への証人はいるんだ。勿論、あんたが用意した奴じゃない。自殺させたのは暗示でも使ったか? 随分下種なマネをしてくれるじゃないか」

 ザラッツの話からすると、例の証人はどう見ても自殺などする筈がないふてぶてしい蛮族らしい頭の悪そうな男だったという事だ。となれば、魔女騒ぎの時のような暗示を事前に埋め込まれていた可能性がまず考えられる。セイネリアがあの件の後で調べたところ、金で暗示を請け負ってくれる魔法使いというのは割合いるらしいというのは分かっていた。他の手かもしれないが、無理矢理自殺させるように何かしてからグローディに渡したのは間違いないだろう。

 セイネリアがそこでジェレを見れば、スローデンもそれに誘導されるようにかつての部下に視線を向ける。ジェレはまた深く頭を下げて主に伝えた。

「その男の言う通りです。証人ははったりではありません。確かに奴らの生き残りがいました」

 それでもまだあきらめきれないのか、スローデンがこちらを見てきた。

「……だ、だがっ、貴様の言う証人は、貴様が蛮族達を操って今回の事を仕組んだのも知っているのではないか? それを告白させればグローディも道連れだっ」

 やはりそれなりに頭はいいなとセイネリアは妙に感心しつつ、だが別に困った様子も見せずに首を左右に曲げて鳴らしてみせた。

「あぁそうだな、だがグローディは全部俺が勝手にやったと言えばお咎めなしだろう。で、こちらの証人に告白を使う事になれば、当然蛮族に直で命令を出したそこの男も告白させる事になる。そうすればあんたを守れない。あんたは今回の戦犯とされ、ヘタをすると処刑台行きだ。しかも上でのんびり戦犯裁きをやっている間に蛮族達はどんどんザウラ領を蹂躙して行く。ザウラの領民は無残に殺され、馬鹿な野望で領民を危険に晒した最悪の元領主として後々まであんたの名は語られることだろうな」

 当然その場合はセイネリアも戦犯扱いだが、セイネリア自身を破滅させられれば自分も自分の領地もどうでもいい――なんてことをこの男が思う筈はない。この男は頭がいい、それがまったく割りにあわない事だと分かっている筈だ。なにせまずただの平民の冒険者一人をどうにかするために、領主である彼自身が全てを失うなんてありえないと考える……貴族というのはそういうものだ。

「どちらにしろ、その男を蛮族に引き渡さないと奴らは引かない。元凶を潰さないと奴らは面子にかけて戦闘を止められないからな。ただ目的を果たしたとしても勝っている状態で退くのは下っ端共が納得しない。それを報酬で抑えるためにあんたの弟の身代金を要求してる。あんたとしても自分が悪い訳ではないのに犯人引き渡しだけではなく向うに大金を払う訳にはいかないだろ? だが弟の命と引き換えとなればあんたが大金を積んでも弟思いの領主サマで済む訳だ。……まぁ結局は、どうせその男引き渡すならあんたの面子を保てるように最大限利用するというだけの話だ、あんたにとってはいい話だと思うが?」

 スローデンは呆然とする。けれどゆっくりと彼のかつての忠臣へと目を向けた。それから一度、いいのか、と尋ねるように呟く。蛮族出の部下は笑顔でそれに大きくうなずいた。

「この男の言った通りにしてください。それが、貴方にとっても、私にとっても一番いい結果となります」
「しかし……」

 スローデンは顔を下に向けた。邪魔者を平気で殺すような指示を出してきた男のくせに、自分の部下をそこまで惜しむとは随分身勝手で甘い男だと思うだけだ。
 下を向いたまま黙ってしまったスローデンはそこから動けなかった。ただじっと下を向いたまま何も言えない男に、そこでジェレ・サグがやはり笑顔のままで言った。

「もし……私に申し訳ないと思ってくださるのなら、最後に一つ、貴方にお願いがあります、聞いていただけますか?」
「それは何だ?」

 スローデンがジェレを見る。

「貴方に聞きたい事があります。それを嘘偽りなく誤魔化さずに答えて下さるのなら……」
「今更お前に嘘などつくかっ、聞きたいことがあるならいくらでも聞けっ」

 即座にそう怒鳴ったスローデンに、ジェレはまた笑う。今度は嬉しそうに。そうして静かな声で彼の主に尋ねる。

「スローデン様はこの国を良くするため、生まれに関わらず、有能でやる気のある者が能力に見合った地位を目指せる世を作るといっていました。その言葉が嘘だったとは私は思っていません。ですが、私が思っていたものと貴方が思っているものでは微妙に違いがあったと思っています。貴方が本当に思っていた貴方が目指すもの、いえ、計画でしょうか、それを教えていただけないでしょうか?」

 スローデンはそれに少しだけ驚いたように目を開くと、そこから深く息を吐いて、一瞬躊躇したような表情をみせてから話し始めた。

「生まれに関わらず有能な者が重要な地位に付ける国……確かに最終的に目指していたものはそれだ。だが現状、貴族が力を握っている世界でいきなりそれが実現できる筈はない。だから少しづつ変えていく。例えば、有能であれば重用してくれる地があると分かれば有能な者はそこへ集まっていくだろう。そうなれば段々とその地は力をつけていく、そうすれば他の地でもこぞって有能な者を引き込もうと彼らに地位を与えるようになる。ただそのためには今のザウラでは難しい。地位が得られてもただの田舎領では他の地から人がやってくる程の魅力はない。だがグローディを手に入れられれば一気に首都からの交通手段が増えてやれることが増える。今のグローディ領主より私の方がかの地を上手く発展させることが出来る。私の代で叶う程容易な事ではないだろうが……少しづつ、変化は国中に広がって行く筈だ」




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