黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【122】



「お久しぶりです、ザウラ卿。会うのは二度目でしょうか」

 こちらの姿を見た途端呆然と固まった男に、セイネリアはそこで茶化してわざと丁寧にお辞儀をしてみせた。それでもまだ固まっている男に向けてクっと笑うと、傍にあった客用の椅子まで行って勝手に座った。

「さて、あんたと交渉をしにきた」

 それでやっと自失状態から返ってきた男は、焦った顔で彼の部下に聞いた。

「ジェレ、これはどういう事だ」

 蛮族出身の男はそこで恭しく彼の主に頭を下げる。

「申し訳ございません。私には今話す事は出来ません。話はまずこの男とお願いいたします」

 仕方なくおそるおそるといったようにこちらを向いた男に、セイネリアは足を組んで話し始めた。

「蛮族は攻めてくるわ、グローディは攻撃を仕掛けてくるわでご領主様は現在とても大変なところでしょう」
「……わざわざ私を茶化しにきたのか?」

 スローデンはこちらを睨む。だがセイネリアが目を合わせてやると途端に視線を下に逸らした。セイネリアは彼を真っすぐ見据えて言ってやる。ここからは茶化す必要もない、声からも顔からも笑みは消す。

「まさか、交渉だといったじゃないか。あんたがこの状況を最小限の被害で終わらせられる手段を授けてやろうと思ってな」
「何が望みだ」
「望み? 望みなんていうのはただ単にグローディの乗っ取りを諦めろ、という事くらいしかないが。そもそもそれが俺の仕事だからな」

 言いながら背もたれに寄りかかって片腕をその上に置く。
 それを不快そうに見ながら、スローデンは吐き捨てた。

「ふん、既に乗っ取りを諦めるだけで済む問題ではないだ……ろ、う」

 だがスローデンは急に口を閉じると目を見開いてこちらを凝視してくる。その顔を見据えたままセイネリアは唇だけを笑みに歪めた。それで何かを察したのか、スローデンの表情が強張った。

「まさか……蛮族が攻めてきたのも、このタイミングでグローディが攻撃してきたのも、全部貴様が仕組んだのか?」

 セイネリアは笑みを浮かべたまま暫く黙って、それからわざとゆっくり話し始める。

「さぁ、どうだろうな。そんなの今更どうでもいい話だろ。とにかくまずは俺の話を聞け。少なくともこれ以上蛮族の被害を出さずに、グローディ側に対してもどうにかあんたが悪人にまでならずに謝罪出来る方法を教えてやる、聞きたくないか?」

 スローデンはセイネリアを睨もうとしたが、すぐに目を逸らしてため息をつく。彼も必死に平常心に戻そうとしているのだろう。そうして自分の椅子に座ると、もう一度息を吐いてから言った。

「分かった、話せ」

 セイネリアは背もたれから腕を下して、スローデンに正面から向き合った。

「まず、騎士団支部を落した蛮族達はあんたの弟を捕虜にした」
「まさかレシカは……生きているのか?」
「あぁ、今頃人生で一番辛い目に合ってると思うがな、生きてはいるだろ。で、蛮族達はその身柄と引き換えにあんたに謝罪と身代金を要求してる。ついでに要求が通れば満足して引き上げてくれるそうだ」
「金で奴らが大人しく引き下がるというのなら……額にもよるが払ってもいい。だが謝罪とはどういう事だ?」
「それは当然、奴らの仲間を騙して利用した上に裏切って処刑した、それを謝れという事だ」

 怪訝な顔をして聞いていたスローデンはそこで馬鹿にしたように語尾を荒げて言い放った。

「は、その理由で、金を払って謝ったからといって奴らが大人しく引き下がるものかっ」

 当然セイネリアはそれを涼し気に聞き流すと、あっさりと答えた。

「引き下がるさ、あんた自身は騙した首謀者ではなく部下に裏切られただけで、本当の首謀者は奴らに引き渡される、というのなら」
「……どういうことだ?」

 スローデンが身を乗り出す。セイネリアは後ろで控えているジェレを見る。そうすればセセローダ族を裏切った男は、一歩前に出て口を開いた。

「今回の件は、そもそも私が領境の盗賊対策のため、私の出身部族であるセセローダ族の者達を雇った事が発端です。私は彼らに誤ってグローディのロスハン様の馬車が行くルート方面へ行くよう指示してしまった。そのせいで彼らはロスハン様の馬車を襲った。焦った私は最近蛮族の集団が暴れていると言って彼らを捕まえるようスローデン様に進言し、殺す事で証拠を隠滅したのです」

 どちらにしろ裏切り者であるこの男を蛮族達に引き渡さずに丸く収める事は出来ない。引き渡せばこの男がどうなるかなんて分かりきっている。
 だからこの男の望み通り、自分はどうなってもいいから主とこの地が出来るだけ被害なく終われるように、というのを実現する方法をセイネリアは考えてやった。

「おい、何を言っているんだ……」
「ですから、スローデン様は愚かな部下の所業をその主人として詫びるだけでいいのです。貴方は悪い事などしていません、貴方が蛮族やグローディから恨まれる必要はないのです」
「……馬鹿な、何を言っている、全部お前に押し付けて終わりにしろというのか」

 ジェレはそこで彼の主に跪く、心からの笑みを主に向ける。

「全て正直に話したとしても、私がセセローダ族の裏切り者である事は変わりません。部族内での私への決定は何も変わらないでしょう。ですから貴方は心を痛める必要はありません。むしろ私は、これで貴方の名を汚さずに済んだとそれを誇りに思えます。貴方が救われる事で、私の心が救われるのです。どうぞ、今回の件は今私が話した通りだという事にしてください」




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