黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【118】



「やはり……すべて、貴様のせいかっ」

 シルエットでも大体わかったが、声を聞けば確定する。
 それはザウラ卿の館でセイネリアに接触してきた男、そしてセセローダ族の牙の民でジェレ・サグという名の――今回の件における蛮族達からみたある意味諸悪の根源、裏切り者だった。

「なんだ、警備責任を取れとでも言われて飛ばされてきたか」

 わざと小馬鹿にしてやれば、向うは両手を下に向け、それぞれに剣を持って走ってきた。

「ほざけっ、ふざけた格好をしてっ」

 まずは相手の右手の攻撃をセイネリアは体を引いて躱す。すぐに左手の剣がくるがそれも躱す。それから蹴りを入れてきた足をこちらの足でも蹴って止める。そうすればジェレ・サグは上げてない方の足を軸にしてくるりと回り、左手の剣が一周回ってやってくる――その前に何かがやってきた。それが相手の右腕につけた飾りのようなモノと分かると、セイネリアは体を引きつつ蹴り上げたままの足で彼の背を押した。それにはさすがに体勢をくずして、相手の体はこちらに向き直る前に倒れる。それでも地面で一度前転しその勢いで即立ち上がった相手を見て、セイネリアは追撃を止めて一旦引いてやった。

「子供騙しだな。そんな小技を使うタイプには見えなかったぞ」

 セイネリアは馬鹿にしたように剣先を下に構えて笑う。向うは立ち上がった状態からじりじり下がりながらを殺気を込めて睨んでくる。

「どんな手でも貴様を倒せればいい」
「……そういう考え方は嫌いじゃない」

 言うと同時にセイネリアが踏み込んで行く。相手のいた場所に向けて剣を右下から左上へと振りぬく。向うはそれを避けるために一度後ろに退引いて、そこから後ろへ回り込もうと横へ走った。それを見てすぐ、セイネリアは相手が移動した反対側から振り向いて、体を回す勢いをつけて今度は左上から右下へと振り下ろした。相手は両手の剣を使ってそれを受けたが、受けきる事など出来ずにそのままふっ飛ばされる。
 ジェレ・サグは地面に倒れたが、距離が予想以上に離れたのもあってセイネリアはそれに追撃をかけるのは止めた。代わりにその場で剣先を軽く回し、今度は頭の横に構え直す。

「化け物だな、確かに」

 起き上がった男は肩で息をしていた。セイネリアの息は乱れていない。

「貴様はクリュースに来てなまったんじゃないのか? ヨヨ・ミから聞いた話だと部族内じゃ相当名のある戦士だったそうじゃないか」

 言えば、ジェレ・サグは言葉で返さずに再びこちらに向けて突っ込んできた。セイネリアも向うが近づいてきたのに合わせて前に踏み込む。

「お前さえ殺せばっ」

 だが、伸ばしたジェレの剣は宙を斬った。
 セイネリアは避けながらも剣を横に払う。ただし、大振りになり過ぎないように気をつけて、振ると同時に走り抜ける。とはいえ距離を離しすぎはしない、足を止めて振り返る。振り返りながら剣を払えば投げられたナイフが地面に落ちた。
 向うはこちらの剣を避けたせいで横へと転がっていたが、すぐに起き上がった。

 ふぅ、と一息だけセイネリアは息を吐く。
 それから息を吸うと同時に相手に向けて駆けた。

 即座に立ち上がったものの立ち上がったばかりで体勢が整いきっていないジェレ・サグは、しかもナイフを投げるために左手の剣を口に銜えた状態だった。それを急いで手に持ち直すもののまず間に合う筈がない。
 ジェレ・サグはそれでも右手の剣だけで突き出されたセイネリアの剣を受ける。だが受けるとはいっても止められる訳がないので真っすぐ向かって来た剣に剣をぶつけて、それを押す事で体を横へと逃がした。だがその横腹をセイネリアの足が蹴る、これは当たって、だが向うもそのダメージを軽減するために自ら横に跳んだ。
 セイネリアは即座に追撃を掛ける。振り切ったのではなく突きであるから剣の戻しは早い。片手を地面についているからジェレ・サグはまた剣一本で受けるしかない。しかも今回はその場から動けない。当然受けるなんてのは無理で、セイネリアが剣を振りぬけばジェレ・サグの剣は弾かれて宙を飛ぶ。それでも相手はそのまま後ろへ転がってどうにか距離を取ろうとする。

「諦めろ」

 転がる相手を追ってセイネリアが蹴り上げる。これは綺麗に腹に入って、ジェレ・サグはふっ飛ばされた上に腹を押さえて動かなくなった。

「げ……は、が、が……」

 えずいて地面に何かを吐き出しながら震えている。
 カリン達のような暗殺術系の戦い方をする連中は基本的に軽装だ。腹まで守れる金属製の鎧を付けている事などまずないから相当苦しいだろう。
 セイネリアはゆっくりと相手の方に向かって歩く。傍に落ちている相手の剣を蹴り飛ばして、こちらの剣を下に向ける。

「大人しく降参してくれるか? 出来れば今はまだ殺したくない」

 言って少し待ってやれば男の息が整ってくる。はぁはぁと荒い息を吐きながらもどうにか吐き気は収まったらしい。

「あ……あぁ、俺の、負けだ。……だが、頼みがある」

 セイネリアは僅かに眉を寄せた。

「頼みが出来る立場だと思うか?」

 ジェレ・サグは口を拭うと顔を上げる。その目は少なくとも敗者が命乞いをするような負け犬の目ではなく、強くセイネリアを睨み付けてきた。

「俺なら……スローデン様にお前達を会わせる事が出来る。秘密裡に、安全に、お前達をスローデン様の元に連れていける。だから、直接あの方に会って……」

 そこで一旦言葉を区切って彼は歯を噛みしめた。それから、一言。

「あの方に、負けたのだと認めさせてくれ」



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