黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【119】



 大分音が減ってきた周囲を眺めていたエーリジャは、急に人の気配を感じて振り返った。慣れたとはいえ心臓に悪いなと思いながらも苦笑して、こんな時に緊張感のなさそうなクーア神官の顔を見た。

「もう、終わったのかな?」

 聞けば、彼は肩を竦める。

「そうだな、外はもう終わりだ。ここの奴らは皆死んだか逃げたさ。今は建物の中にいる連中を引きずり出そうとしてるとこだが……投降を呼びかけるからすぐ終わるんじゃないか? 流石に黒いのが暴れただけあって割合すんなり行ったな。おかげで俺はほぼ見てるだけで済んだ」
「それを言ったら今回俺なんか殆ど仕事してないけどね」
「みたいだな、俺も今回はいかにも転送を使ってるって見せちゃまずかったから仕事のしようがなかったし。まぁ『いざという時』の役は暇だったほうがいいものさ」
「そうだね」

 この戦いにおけるエーリジャの役目は、蛮族達の突入後から中に入って後方からの援護をする事だった。特に向うの弓役がいたら撃てないようにしておいてくれ……という事で、やはり『敵を倒せ』という指示は受けていない。今回は光石の矢も使わない事になっていたので、仕事は3回程向うの弓役の腕を撃ったのと、篝火やランプ台を落すために片っ端から撃ち抜いていただけだ。

「そういや、例のジェレ・サグって奴がいたらしいぞ」
「あぁザウラ卿の傍にいる蛮族だっけ? セセローダ族の」
「そう、上手く生きたまま捕まえられたようだ」

 セイネリアから聞いた話だと、おそらくはとても真面目でザウラ卿に心酔してその下についているのだろうという事だった。けれど彼は自分の部族を裏切って殺した、そこまでした理由はなんなのだろう――エーリジャは考えて、あまりいい理由が思い浮かばなくて頭を振る。

「これで、戦いは終わりになるといいんだけどね」

 蛮族達の目的は復讐であるから、本来なら勝っている間は撤退なんてありえない。だがこれ以上ザウラ領内へ侵攻すれば当然兵士ではない一般人まで巻き込む事態になってしまう。だから蛮族達をここまでで退かせるため、セイネリアは彼らにある条件を示していた。
 その一つがザウラ卿の弟であるレシカを蛮族達に渡す事だった。
 ラギ族の族長がそれをもってザウラ卿と交渉をし、身代金と謝罪を要求する。ただレシカについては『お前らの憎いザウラ卿の身内だ、死なない程度に好きに扱え』とセイネリアが言っていたからどんな目に合わされるかは想像に難くないが。
 ただそれでも不満がなく全員同意、という事にまではなっていなかった。それでも蛮族達がセイネリアに向ける目を見たところ、彼に逆らう者はまずいないだろうとは思う。

 エーリジャの先程の呟きにエデンスが、まったくだな、と呟き返した。





 建物周辺にいた傭兵連中は確かに騎士団兵に比べれば手ごわいが、忠誠や誇りなんてモノはないから劣勢だと見ればさっさと逃げる。特に逃げ出せば蛮族が追わないと分かれば逃げない選択肢はない。そもそも騎士団兵や警備兵が逃げ出してる段階で、傭兵がわざわざ自分の命を懸けてまで主を守ろうなんて思う訳がないのだが。
 セイネリアと戦った男はいわゆる戦闘馬鹿で、単に自分に自信があったのと殺しをしたかったから残っただけだろう。

 ジェレを拘束し終われば外の戦闘はほぼ終わっているようで、蛮族達はもう建物の扉を壊して扉前に積まれている荷物や家具を掻きだしているところだった。
 どうにか間に合ったかとそこまでいったセイネリアは、蛮族達が微妙にもめているのを見て顔を顰めた。

「どうした?」

 揉めている一人が確かクリュース語が話せるラギ族の誰かだったかと思って話しかければ、そいつはセイネリアを見てすぐ言ってくる。

「中の連中に降伏しろと言うのを、こいつが邪魔する」

 指さされた相手はそこで怒鳴り散らすが、それはやはりずっと傍にいた黒の部族の男が通訳してきた。

「復讐は、皆殺しにする。しかも、ここの奴ら、戦いもしない。生かす意味ない」

――まったく、あれだけ言ったのにまだこんな頭の悪いのがいるのか。

 思わず顔を顰めたセイネリアだったが、こちらが言うよりも通訳後すぐ、黒の部族の男が騒いでいた馬鹿に何かを怒鳴った。今までの彼の行動から察するところ、セイネリアがこの中の者は殺さずまず降伏勧告をしろと言った筈だとでも言って怒っているのだろう。
 ……思った通り、こわごわと伺うようにこちらを見てきた男に、セイネリアも威圧を込めて睨み付けてやる。それでその男と後ろにいた仲間連中は大人しく引いた。

「グリダ族、特に乱暴、頭悪い」

 にこりと笑ってこちらを見る黒の部族の男にセイネリアは苦笑する。
 そうすればこちらのやりとりを待っていたラギ族の男が聞いてくる。

「降伏しろといっていいか?」
「あぁ、頼む。勿論、攻撃してきたものは殺していい。だが……」
「分かってる、一番弱そうで偉そうなのだけは絶対に殺さないで捕まえる」

 ラギ族の男は笑う。こいつらは大丈夫だろうが、果たして先ほどのグリダ族の連中がそれを守っていたかどうか。一応襲撃計画を伝える時に相当言って脅したつもりだったが、まだあんなのがいたのかと思うと少しばかり怪しい気がしてくる。

――あの馬鹿(レシカ)が一人だけこっそり逃げたりしないで大人しくこの中にいればいいんだが……。

 だがセイネリアのその考えは杞憂に終わり、あっさり投降して捕まった連中の中には確かにスローデンの弟、レシカ・デイ・ザウラがいた。
 これでセイネリアにとって、後は最後の一押しをするだけとなった。




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