黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【117】



 基本的に、蛮族というのはクリュースの者達よりずっと夜目が利く。それに暗ければクリュース側の弓役も大半が役立たずになる。薄暗い状態で味方と敵が戦っているところに矢など怖くて撃てる訳がない。
 だから突入してすぐ、蛮族達は敷地内にある篝火の台やランプ台を壊して周囲を暗くして行った。
 流石に建物や高い位置にある明かりが残るから真っ暗にはならないが、それでも暗ければそれだけこちらが有利になる。だからこそ、レンファンはこちらの部隊と共に行動することにしたのだから。
 最初から目隠しをしたままの彼女には暗闇だって眩しい光の中だって問題はない。
 頭の中に『見える』相手の槍の軌道を見てそれを避けて走り込み、近づいて相手の顔を盾で殴る。衝撃にふらふらと後ろへ下がった男の腕を斬りつければ相手は武器を落す。それでも向かってくるのなら殺さなくてはならなくなるが、その男は武器を落した段階で逃げ出した。ならば放っておいていい。

「……本当に見えるのね」
「そうだ」

 遅れて近づいてきたガーネッドが感心してそう聞いてくる。彼女も割合夜目は利く方だからといってこちらの部隊で戦闘参加する事になったのだが、レンファンの戦闘方法が面白いから見たいといってずっとついてきていた。
 彼女に、裏切ったり騙そうとするような未来は見えなかったから好きにさせたが、彼女自身も女にしてはかなりの腕で、何より周囲にいる蛮族達の会話をたまに教えてくれるから助かっていたのは確かだ。

「そろそろ勝敗はつきそうだな」

 言いながら目の上の布を少しずらして周囲を見る。
 明らかに目だけを隠していると騎士団兵に不審に思われる可能性があるので、どこかの部族のように頭に布を巻いてそれの延長で目まで隠していた。手で布を上げればすぐ目で見れる分、目隠しよりも案外使い勝手はいい。
 ただ周囲が暗い分、どちらにしろ肉眼では見え辛かった。
 だから周囲を予知の目で『見れ』ば蛮族達が勝利の声を上げて騒ぐ姿が見える。突入前はその姿と死ぬ場合の姿がどちらも見えていたのに、今は蛮族達に悪い未来は見えない。おそらく、こちらの勝利がほぼ確定しようとしているところなのだろう。

「それも見えたの? 便利ね」

 聞き返してきたガーネッドにレンファンは微笑む。

「そうだな」
「あまり知らなかったけどクーアの予知っていうのも面白い能力じゃない、いろいろ応用が効いて使い勝手良さそう」

 それには思わず考え込んで、けれどもそこからちょっと吹きだして、それからくすくすと笑ってしまう。

 この能力を最大限に利用するためにこの戦闘方法を考えたのは自分だが、自分だけではそこまでで終わっていた。目隠しをして動けるならではの利点や、予知がぶれるかぶれないかで判断する方法、あの男と仕事をすると新しい利用方法をいろいろ気付かされて面白い。ハズレ能力だとずっと思っていたのに――今ではそう捨てたものではないと思うくらいにはなった。

「どうかした?」
「あぁいや、すまない、何でもない」

 そう答えると、レンファンもセイネリア達がまだ戦っているだろう建物方面へと向かった。






 セイネリアは建物に向かって走っていた。
 周囲はどうみてもこちらが優勢で、ここを守っていた連中は死んだか逃げ出したものが大半でぱっと見ほぼいなくなっていた。音さえ殆ど蛮族達の声しか聞こえない。
 そんな中で、建物の近くまでいけば明らかな戦闘音が聞こえてきた。

「死ねやっ」

 クリュース語の勇ましい声と共に、丁度前方で蛮族の誰かがふっ飛ばされる。他に二人程蛮族の者が突っ込んで行くのが見えたが、彼らは急いで退いた。それを追いかけて大柄な男が剣を振りあげる。

――ネイサーの言ってた連中の一人か。

 今回はそれなりに腕のいい傭兵が混じっているだろうことは想定していた。セイネリアがわざわざ蛮族のふりまでして戦闘参加しているのはそのためだ。蛮族達には危ない相手は逃げておけと言ってあるが、彼らの主義的にそうそう逃げはしないだろう。だからあまりにもヤバイのを見つけたらエデンスに知らせにくるように言ってあったが……まぁ彼もこちらが向かっている場所がまさにそこであるならわざわざ知らせにはこないだろう。

――この程度なら4,5人もいれば蛮族(こいつら)でも倒せるだろうが……。

 それでも見えたからには始末しておいた方がいい。セイネリアが向かえば、やはり騎士団兵とは違う恰好の男が蛮族を追うのを止めてこちらを見る。

「へぇ、お前は強そうだな」

 セイネリアの恰好は蛮族――黒の部族のように見えるようにしてある。顔を隠すにも丁度良いから目の隙間だけ開けて黒い布を頭半分に巻き、両腕にも装備の代わりに黒い布を巻いてある。金属装備は裸の上半身に一応胸宛てだけをつけているが、基本防具はないも同じだ。だがこの程度の相手なら問題はない。

「死ねっ」

 男が大剣を振り降ろす。当然そんな大振りなど怖くないから避けたが、感心したのは振り下ろした位置から振り上げる軌道でこちらが逃げた横へと振り払った事だ。

――成程、腕力は相当あるな。

 おそらくはアッテラ信徒で強化が入っていると思っていいだろう。戦いながら掛け直しが出来るならなかなか使い慣れている。
 とはいえ攻撃自体は所詮、無理やりの体勢で振っているから、こちらは簡単に剣を当てて逸らして逃げられる。それでもすぐ剣の軌道を修正してこちらに向けてぶん回してくる。これだけの大振りをしていてすぐ切り返して振り回せるのだからたいしたものだ。
 けれど、そういう強引な振り方は続ければどんどん体勢が崩れてくる。特に注意が上半身に集中している為、足元が怪しくなる。数度目に振り払った剣をしゃがんで避けたセイネリアは、しゃがむついでに男の足を蹴り飛ばした。
 それであっさり勝負はついた。
 大の字に倒れた男は、即起き上がる事は出来ない。
 だからゆっくり剣を上げて男にトドメを刺し、それから剣を抜くため足で蹴り飛ばす。そのまま死んだことを確かめるためにも足で蹴り転がして顔を見てから、死体をまたいで越える。そうすれば……こちらに向かってくる人影を見つけて、セイネリアは思わず笑った。




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