黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【59】



「あぁそうだ。探すよりその方が早かったからな」

 答えはあまりにもあっさりと、大した事ではないように。やはりとは思っても、オズフェネスとしては呆れるやら感心するやらでへんな笑いがこみ上げてくる。

「……まったく、バレたらどうする気だったんだ? それにあの言い方なら貴様の方が『告白』を受けろという流れになった可能性もある」
「そうだな。だがバレたらバレたで構わなかったさ」
「は?」

 それにはオズフェネスも呆れるよりも思考が停止した。どう考えてもあの場面、偽物だったらただで済む筈がない。

「バレたら素直に謝罪すればいい、『ボーセリングの犬の雇い主を探す為に試させて頂きました』と言ってな。それは嘘じゃないから『告白』を使う事になっても問題ない」
「……いや嘘ではないといってもだな……謝って済む問題か?」
「済むさ。ホルネッドはハーランのような直情型の馬鹿とは違って頭がいいのをウリにしてた。その作り上げた評判ががた落ちしたあの場面で、更に狭量なところを皆に見せられる訳がない。その後に『どうか雇い主を探すのに協力してください』と言えば向うは頷かなくてはならなかっただろうよ」

 確かに言われればそれもそうではある、が……。

「だがもし、実際『告白』するハメになって、それ以外の……魔法使いとの契約の事を聞かれたりしたらどうする気だった?」
「あそこに魔法使いどももいた段階でそれはない。どんな手段をとっても奴らがそれを阻止してくれたろ」

 オズフェネスは頭を抱えた。なんという度胸というか……そこまで考えていたとしても、普通なら絶対にあそこであんな堂々と立ち回れる訳がない。

「どちらにしろ、あの契約書を見てホルネッドが動揺を見せた時点でこちらの勝ちだ。あとは契約書が偽物とバレようがどうでもいい話だな。ボーセリングの犬がここにいるのが確定している段階で、こちらにはその雇い主を探すという大義名分がある」

 オズフェネスはもうこの男に感心しすぎて考えるのに疲れて来た。
 いや……言われればもっともだと納得出来はするのだが、よくここまで先読みをしたものだと思うと同時に、大勢の地位あるもの達の前で堂々と偽の契約書を出せる神経に他人事ならがぞっとする。これは絶対に敵に回さない方がいいタイプの男だ。
 考えてみれば結局自分は全て彼の思惑通りに動いてしまった訳で、ホルネッドは勿論、ハーランも、ボネリオも、他の連中も全てこの男の掌の上で踊らされた訳だ。

「……ちなみに、ボーセリングの犬が確定、というか、どうしてエリーダがボーセリングの犬だと分かった?」
「怪しむ理由はいろいろあったが……カリンが元ボーセリングの犬だからな、同じ匂いは分かる」
「――はぁぁあ?」

 また驚いてヘンな声を上げてしまったオズフェネスに、やはり全身黒を着込む若造はさらりと言ってきた。

「ボーセリング卿から買った俺の部下だ。だから今回ボネリオにつけた、暗殺者から守る役は暗殺者が最適だといったろ」

 身分もなにもない、ただの平民出の冒険者がなぜボーセリングの犬だった部下を持っているのか。普通なら部下のふりをしてるだけと考えられるが、カリンの態度からしてそうでない事はオズフェネスでもわかる。
 末恐ろしいな、と思うと同時に、羨むようにオズフェネスは黒い男を見た。
 もし――自分がもっと若く、面倒な地位などなければこの男について行こうとしたかもしれない。ただの平民出の冒険者のくせに貴族役人を手玉にとるこの男についていけば、さぞ面白い世界が見れるだろうと思ったに違いない。

 オズフェネスが黙った事で話が終わったと判断したのか、黒い男はそこでくるりと背を向けるとさっさと屋敷の方に歩きだした。だが彼はすぐに足を止めてこちらを見ると笑って言ってくる。

「さっさと戻るぞ、酒を出してくれるんだろ?」

 まったくとんでもない男だと思いつつ、次に会った時はこちらの方が頭を下げる立場になっていそうな予感はおそらく間違っていなさそうだとオズフェネスは思う。

「そうだったな。それと……撤回はないぞ、やはり貴様には礼を言っておく」

 笑ってそう言うと、黒い男もにやりと口元を歪めて前を向いて歩きだした。オズフェネスも彼に付いて歩きだす。

 礼を言った手前、彼にはいい酒を出してやらないとならないだろう。どうせ暫くは気分的に美味い酒など飲めないだろうから――。

 セイネリア達一行はそこから二日後、デルエン領から去る事が決まった。



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