黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【69】



「くっそ面倒くせー……はぁ」

 しんと静まり返った部屋に一人、ずるずるとむさい男を引きずる状況にエルはため息をつく。
 セイネリアの計画としては、とりあえずは残った小部屋の敵つぶしは自分がやるから、他はただ倒して転がってるだけの連中を回収してこい、と要約すればすればそれだけの話だった。

 カリンはそのまま地上に残って、転がしてあるだけで放置していた魔女の『お気に入り』連中を縛っておく仕事を割り当てられたが、他は地上に出る前に倒して放置したままでいた部屋の連中を一か所に集める作業を手分けしてやる事になっていた。勿論、こっちも『お気に入り』は縛って転がす事になっていたが、既に時間が経ってるせいで回復している連中もいて多少の戦闘も発生した。

 特にエルが割り当てられたこの部屋はセイネリアと合流してすぐに移動してきた場所だから、繋がってる別部屋にはまだ無事な敵が残っていたし、勝手が分からずこちらから別部屋に行って倒して放置してある連中がいるから集める手間が大きかった。
 明らかに一番回収が面倒な部屋ではあって、割り当てを言い渡された時に思わずげんなりしたエルに、セイネリアが嫌味な笑顔で『特にお前は注意しろよ』と肩を叩いてきたときには流石に引きつった笑みしか返せなかった。正直な話、どんだけ今回は俺をこき使う気なんだと内心いろいろ爆発しかけた。

 かといってそれでもキレなかったのは、どう考えても言ってきた本人のセイネリアが更に一番負担が大きくて危険な仕事を受け持っているからだ。

「まーその分、俺ァ一番しっかり休憩させてもらった訳だしなぁ……」

 しかもセイネリアは全く休憩らしい休憩をしていない。魔法使いとの話もなんだかいろいろ揉めたようで、話が終わった後、あのいつでも温和な表情のフロスが苦い顔をしていたのが印象に残ってる。

「しかしよぉ……こいつら突然別の暗示が入って一斉に動きだす……とかはねぇだろうな」

 操る暗示とセットで掛かってるらしい気絶の暗示で彼らはそうそう起きる事がない……とは聞いていたが、それにしてももしもを考えればぞっとする。これが一斉に動き出して襲って来たらとてもじゃないがどうにか出来る気はしなかった。
 一応、集め終わって回収する時か、何か問題が起こったら呼び出し石を使えばすぐにくると言われているが、ここの連中が全員起き上がって襲って来たらそれまで無事でいられる自信はない。

「まっさかこれが勝手に暴れて助けてくれる……ってんじゃねーよなぁ」

 男をひきずって集めている場所まで持ってきたエルは、部屋の隅に転がっているセイネリアの魔槍を見て口元をひきつらせた。自分以外持てないし呼べば来るから置いてきた――そう言っていたあの男の割り切り感はなんというか流石としか言いようがなく、やっぱ大物だとは思う。

「希少で貴重な魔槍を、持ってても邪魔だからおいてきたってなー、普通はねぇだろ」

 ここには魔女がいる訳だし思い切り敵地だ、いくらなんでも放置はありえない、やっぱりあいつはおかしいくらいに肝が据わってるからいつもこちらの神経の方がヤバイ――等と、一人作業でなんともいえない不安感が拭えないエルはどうしても独り言が多くなる。さっさと終わらせてしまいたいから作業の手は止めないが、口も止まらないのはエルだから仕方がない。

 だが、そうして何とも言えない不安と戦っていたエルは、そこで聞き覚えのある鈴の音を聞いて一瞬固まった。

「……まさか、だよな」





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