黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【42】 エルとエーリジャに睨まれて、いつも飄々としたイメージがある魔法使いは眉を寄せて告げた。 「シシェーレの外れにある、コウナ地方領主、デルエン卿の別荘です」 エルとエーリジャは二人共に大きくため息を吐いた。 そこまで聞けば、あとは馬鹿でもわかる。 「……つまり、コウナ領主も魔女とグルって訳か」 「そうですね。グルか、もしくは既に魔女の操り人形か」 さらっとそう返されて、尋ねたエルが思いきり嫌そうな顔をする。エーリジャは再びため息をついて、思ったよりも面倒なこの事態で何に注意すべきかを考える。そうして思わず……今ここにセイネリアがいれば、状況を全部整理して対応を考えてこちらを落ち着かせてくれるんだろう、などという事を考えた。 ――やれやれ、どうやら俺はいつの間にかあの若造に頼るのに慣れていたようだ。 若いからと馬鹿にする気はないが、まったく若者とは思えない彼の能力と落ち着きぶりは驚くばかりだった。だから――そんな彼なら大丈夫、上手くやってくれるだろうと思う事にしてエーリジャは頭を切り替えた。 「で、コウナ地方まではフロスが送ってくれるのかな?」 そもそもエーリジャ達がここで待機していたのは彼に言われたからである。わざわざただ待たせたからには、魔法使いがそこまで連れて行ってくれると思っていいはずだった。聞けば彼はにこりと笑う。 「えぇ、そこまではこちらで」 「……つまり、貴方はそんな遠くまで簡単に飛ばせる能力があるって事だね」 転送といえばクーア神官だが、転送が出来る神官でもいいところ一度に飛べる距離は街中程度だ。クーア神殿にいけば他の街のクーア神殿までの街間転送も可能だが、一般冒険者が使えるような気楽なモノではない。 そう考えれば、魔法使いの転送というのは随分性能が良すぎると思わざる得ない。 「そうですね……魔法使いは誰でも、ギルドが設置している転送路とポイントを使えますので。そちらでは距離はほとんど関係ないのですよ」 ――だからあの高台にすぐあれだけの魔法使いが集まってこれた訳だ。 首都だからあのくらいの魔法使いがあらかじめいたと考えてもおかしくはないが、それにしても呼んでから集まるのが早すぎた。それにあれだけの人数をさっさと転送して連れていったのも、その転送路のおかげなのだろう。 「勿論、空間系魔法使いの転送とクーア神官の転送ではそもそも理論が違う、というのもありますが……我々にとってはこの国の中であれば長距離の移動も容易です」 「……便利なものだね。我々向けに商売でもしてほしいくらいだ」 「残念ですが、複数の魔法使いが商売で次々転送路を使ったらすぐパンクしてしまいます」 「成程ね……あくまで魔法使いの特権という訳かな」 「えぇ、それと……魔法使いの協力者限定、ですね」 「確かに」 表面上は互いに笑って話をしながらも、エーリジャとしてはとてもではないが笑える気分ではなかった。なにせ、今の話で魔法使いというものに関して認識が大分変わったとも言える。魔法使いは見た目通りの歳じゃないとか、一般人には秘密にしている事がたくさんある――なんて言われてはいるものの、実際の一般人の認識なんて『魔法を研究するのが趣味の引きこもりの偏屈者』程度の感覚のものだ。ただ生活に便利なものをいろいろ作ってくれたり、この国の便利さを支えている人々……という認識もあるから嫌う者もあまりいない。目立ちはしないが珍しいと言う訳でもなく、だから大半は『違う世界の連中だから』と興味がないというのが正解だ。 その理由は単純に言えば……それだけ一般人は魔法使いと直接かかわる事がないのだ。だから実情を知らないし、興味がない。 ――俺も、彼と組む事がなければずっとそうだったんだろうけどね。 エーリジャは自嘲に唇を歪めながら、ついさっきまで仲間だと思えていた魔法使いの笑みにぞっとした。 --------------------------------------------- |