黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【41】



――魔女は下僕に自分を神のように崇めさせている、というのはありそうか。

 いかにも自信家で高慢そうな女の顔を思い出せば、そのセンはあり得そうだと思える。だがそうして更に記憶を辿って……あの高台での騒ぎ後、操られていた者達の腕や足を見て魔法使い達が探していたのがこの刺青だったのではないかと考えてみる。
 それが『当たり』ならまた違う可能性出てくる。
 あの女のただの自己満足だけでなく、魔女と同じ刺青を刻む事が魔女の協力者の決まり事であるなら、刺青がただの印だけの役目しかないとは考えにくい。刺青それ自体にも何か魔法が掛かっている――本当に神殿と信徒達のように、力を与える事が出来るとか、居場所が分かるとか――あたりの可能性が考えられた。

「……とりあえずは、可能性だけだがな」

 今いる場所は敵陣だ、警戒するだけならいくらでも警戒しておいた方がいい。一応そこから他にも同じ刺青を持つ者がいないか探してみる事にしたが、6人見て腕に持つ者一人、頬に持つ者一人をみつけたところでやめた。全員にあるかどうか探す為にわざわざこいつらを脱がせてまわる気はないし、他にも二人いるというのが分かっただけで十分だった。最初の男の他に6人中2人なら怪しむだけの意味はある。
 セイネリアは立ち上がって辺りを見る。倒れている者達はまだ起き上がる気配はない。
 ちなみに、走り回ったおかげでここの構造も大体把握していた。この部屋には扉が1つだけあって勿論鍵が掛かっていたが、扉があるという事は扉から出入りすることが前提の部屋……つまり、魔法で作られた空間ではない可能性が高い。となれば都合がいいとセイネリアは思う。

――さて、見てるならそろそろ反応があっていいはずだが。

 とりあえず、先ほどは逃げながらだったのであまりきちんと調べてられていなかった扉の方へセイネリアは向かう。扉はやはり向う側から鍵が掛かっているようで、セイネリアの力で押しても開きそうな気配はない。だが木製だから槍を呼べば破壊出来る可能性は高いだろう。
 とはいえ、その必要はない筈だった。セイネリアは扉の前から一歩引くと、部屋の中央に向けて声を上げた。

「こんな人形遊びじゃなく本当の俺の力を見たいんだろ? ならもっと手ごたえがあって気兼ねなく殺せるような、化け物か正気の相手を用意してくれ、そうしたら見せてやる」

 返事は特に返ってこない。だが暫く待てば、扉の方からゴトリと音がして……ゆっくりとその扉が開いていく。

「次のステージへ、というところか」

 どうせこのままここにいても仕方ない。セイネリアは迷う事なく扉の中へと入っていく。そうして予想通り、セイネリアが部屋に入ると同時に扉が閉まったと思えば、部屋の奥にはやたらデカイ何者かのシルエットが見えた。
 直後に、ズン、と床に響く衝撃、遠くから聞こえる獣の唸り声。シルエットだけの敵がハッキリと見えるようになる前に、セイネリアは魔槍を呼んでいた。






 魔法使いはセイネリアの居場所が分かる。

『我々はある程度強い魔法が使われるとそれを追う事が出来る訳です。ですからほら、彼には目立つ強い魔力を発するモノがあるでしょう?』

 つまりその理由は彼の持つあの魔槍だという事だが、それが所詮『理由の一つ』であってそれだけではないのだろうとエーリジャは思っていた。



「お待たせしました。彼の居所ですが、シシェーレで間違いないようです」

 事務局の借り部屋で待機中だったエルとエーリジャの元へ魔法使いがやってきたのは、『引かれ石』がセイネリアを見失ってから二時間程度後の事だった。勿論その声を待っていたのだから、エルもエーリジャも出かける準備は出来ていた。

「ただ……ある程度は予想していましたが、厄介な場所です」
「というと?」

 この場合、どこだろうと厄介ではない事などあり得ないだろうと思いながらも、わざわざそう言ってこられれば自然と表情が固まる。特に、エーリジャとしては今回の件については責任を感じていたというのもある。なにせ――もし自分があそこで焦って光の矢を使わなければ、もっと楽に女達がさらわれるのを止められたかもしれない。少なくともカリンやレンファンが連れていかれる事はなかった筈だった。




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