黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【5】



 蛮族とクリュース軍を比べれば、装備や魔法といった点でクリュース軍側が圧倒的に有利な事は間違いない。ただ敵と味方が入り混じっての乱戦、という状態が一番クリュース軍としては苦手な事は確かでもあった。特にこの手の……木々に隠れている連中による不意打ちのような戦いとなれば。

 林の中、木々に囲まれた場所のそれでも少し広くなったところで、周囲に敵の屍を積み重ねてセイネリアとアジェリアンは立っていた。

「完全におびき出された感じだな」
「だろうな、こちらはまんまと奴らの策にハマったというところだ」

 背中越しにアジェリアンと言葉を交わし、直後、襲ってきた敵をセイネリアは斬り倒す。彼のほうも敵に襲われたようだがすぐにそれを刺し貫き、再び背中を合わせる態勢に戻った。
 互いにかなりの敵を倒しているだけあって蛮族達もこちらに手を出すのを躊躇していた。じりじりと近づいてこようとはするものの思い切ってかかってくる者はなかなかいない。とはいえ敵に包囲されているのは変わらない、まったく楽観出来るような状況ではなかった。

 この状況――そもそもの発端は、偵察部隊が帰ってくる途中、襲われたということでそれを助けに一部の部隊に出撃命令が下ったところから始まった。
 偵察部隊が交戦していたのは林の中で、敵の数は偵察部隊の倍程度、少なくとも報告ではそのはずだった。だが救援部隊が到着すると林の中、木の影からわっと蛮族達が沸いて出て、あっという間に偵察部隊と救援部隊は共に窮地に立たされてしまった。
 運が悪いことにセイネリア達は丁度その時の待機部隊の当番で、そのまま救援部隊に組み込まれてこうして敵に囲まれているという訳だ。

 部隊と部隊が対峙し、一斉に突撃するような正当な戦いにおいてなら、クリュース軍は圧倒的に強い。なにせ最初の矢の応戦では一方的に敵の矢は魔法でほぼ防げて、こちらの矢は逆に遠くまで飛ぶ。風を自由に操れるというだけでも反則的で、実際に部隊が衝突するまでの段階で確実に優位に立てるのだ。更には最初の突撃役の槍騎兵部隊が敵の先頭部隊を蹴散らせば、そこでほぼ勝敗が決まるといっても過言ではなかった。
 だが乱戦や、こうして部隊が散り散りになって敵と交戦する状況になるとこちらの優位性は大きく落ちる。個々の戦いが主になるとクリュース兵は戦い慣れしていない者が多いのがまず厳しい。装備が良くても、魔法が使えても、戦闘慣れしていないと咄嗟の機転が利かなくてあっさりやられることがある。
 他国が恐れて攻めてこないのにこうして蛮族達が度々やってくるのはそれが理由の一つでもあった。

「数が多いな」

 アジェリアンの呟きにセイネリアは笑って答えた。

「というより、こちらが少なすぎるだけだな」

 この状況を引き起こした原因はどうみても救援部隊の人数をケチった所為だろう――セイネリアは思うが、それでも絶望的という状況でもないとは思っていた。
 そんな中、上の方で、ぎゃ、という声がしたと思うとどさりと落ちる質量がある。そしてその直後、林の左方面でオレンジ色の光が上がった。

「アジェリアン、後衛部隊は向こうだ」
「おう、だが少し待ってくれ、多分こちらももうすぐ来る」

 今、オレンジ色の光石を投げたのはカリンに間違いない。彼女には分断された状態で散り散りに逃げた後衛部隊がどこにいるか探すように命じていた。ボーセリングの犬として訓練された彼女は身軽で、この敵だらけの中でもこれだけ隠れられる場所が多ければ移動だけなら問題はない。
 一方、アジェリアンの部下達は散り散りに逃げた連中をまとめる為に彼から離れていた。つまりはセイネリアとアジェリアンの二人は分断された部隊のその分断地点で出来るだけ敵をひきつけて足止めし、その間にそれぞれの仲間に部隊合流のため動いてもらっていたのだった。




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