黒 の 主 〜冒険者の章・五〜 【38】 ――いいぜ、一回くらいはまともぶつかってやろうじゃねぇか。 はあっ、と大きく掛け声を出してエルは黒い男に向けて大きく踏み込んだ。彼は当然こちらの武器を剣で受けたが、手元で回す事で戻してから叩き直せばまた剣で受ける。受けられればエルは長棒を回してまた角度を変えて叩く。鉄と木が何度もぶつかって硬い音を鳴らす。時折ガリっと鉄が木を削る音がするがそれは本当に表面だけだ。 エルの武器である長棒は堅いエレの木で作ってあるから剣を受けてもまずそうそう割れたり斬られたりするものではない。そもそもただの木の棒だってただ斬ってくださいと立て掛けてあるだけならともかく、動いていれば太さがそれなりにある段階で剣で斬られるなんて事はまずない。せいぜい木に刺さって剣側が困る事になるのがいいところだ。なにせ木の盾だってわざと剣や斧を食い込ませて止める意味もある。……もっとも、彼の持つ魔槍のようなインチキな切れ味の武器なら当然話は別だし、正直を言えば剣でも相手がこの男だと絶対大丈夫だとは言い切れない気もするが。 それでもともかく、常識的な範囲であれば木製だからといって刃物を受けても武器が破壊される心配はそうそうにない筈だった。ただやはり問題なのは単純な彼のクソ馬鹿力で、力を真正面から受けて押し勝負になったらそれに慣れている彼に勝てるのか怪しいという事だ。 それでも、何度目かに剣と長棒を合わせて、そこでぐんと彼に押されたらそれを受けて押し返せざる得なくなった。彼が望む押し合いにもっていかれて、エルは耐えながらひたすら考えた。 ――さぁ、どこで仕掛けてくる。 どうにか力押しだけなら負けてはいない。こっちの三段階強化でやっと互角なんて化け物過ぎるが、彼ならただの力勝負で勝とうなんて考えてはいないだろう。こちらが押す事で一杯一杯になっている隙を必ず狙ってる。 だがそこで向こうから押す力が一気に増す。この野郎まだ余力があったのかよとエルは心で悪態をついたが、押し切られる前に長棒を回して彼の力を逸らすと同時に横へ避ける。あれだけの力を入れていたのだから彼の体は前に出てしまって、それを回した長棒の反対側で叩こうとした。 「うわっ」 だがセイネリアはすれ違いざまに剣から片手を離し、柄頭でこちらを突くように殴ってこようとする。あの重量を片手でぶん回す彼のインチキさに驚く間もなく、それでも反射的にエルは長棒を前に立ててそれを受けた。 ……とはいえ、点に近い攻撃である突きを長棒の面積で受け止めきるのは無理がある。辛うじてこちらを狙う軌道を逸らすのが関の山で、結局体毎逃げるしかない。勿論、逃げながらも前を突いて追撃を断つのだけは忘れない。その直後に長棒を地面に立てて倒れそうになるのをどうにか支えると、そこで近づいてくるだろう相手に向かって棒を軸にして足を上げて彼を蹴る――つもりだったのだが。 「うげ」 戦闘の緊張感を破る間の抜けたエルの声が上がる。棒に体重を掛けたままその腕から力が抜けて、エルはその場に落ちる、というか潰れるようにべしゃりと地面に突っ伏して倒れた。 ――ここで時間切れかよぉぉぉ。 間抜け過ぎる姿に泣きたくなるが、一気に疲労が押し寄せて来て、ちくしょう、と叫ぶ余裕もない。そのまま地面とオトモダチになっていると、やっぱりつまらなそうな男の声が上からかけられた。 「術が切れたか?」 「……だよ、くっそ……」 どうにかそれだけ返したものの、後は息が荒くて声にならない。 ただの術切れの割りには疲労が大きすぎるところからして、相当の負荷が掛かってたんだろうなとエルは思う。改めて彼の化け物臭さにぞっとするが、三段階強化に武器の有利さまであってまともに一発叩く程度も出来なかったのは悔しすぎた。 「え、えぇと。勝負あり、でいいでしょうか?」 近づいてきた進行役の男が聞いてくるが、こっちは返事を返すのも億劫だ。しかも、負けでいいです、なんて宣言をしなくちゃならないんだから尚更声を出す気がなくなる。 --------------------------------------------- |