黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【37】



 セイネリアが仕掛けてくる。
 彼としてはまず自分の間合いに入らないといけないから、突っ込んでくるのは当然の事だ。エルはすかさず地面を突いてセイネリアの足を払う。そうすれば彼は横へ飛ぶ。更にその足を払おうとするが、やはり横に飛ばれて躱される。こちらの死角へ回り込もうとするかのように周囲をまわる男に、エルは苛立つがキレはしない。だが突然、彼が跳ねて棒を避けながらこちらに飛び込んでくると、それを予想していたエルは棒をまたくるりと回して上からきた彼を叩く。それは剣の柄から片手を離して刀身を持つ事によって彼に止められ、代わりに伸ばした彼の足が襲ってきた。

――げ、これだからデカい奴は。

 すんでのところで掠(かす)る程度で避けたものの、それでも衝撃は少しある。
 忘れていた訳ではなかったが、長身である彼は男としては小柄なエルに比べて武器なしでの間合いは広い。あの体で思い切り足を伸ばされると、へたをすれば両手剣を振るより遠くまで届く。両手剣というのは刀身の長さの割りに有効に扱える間合いは狭い、少し油断していた自分にエルは舌打ちした。

「折角強化を掛けてるんだ、マトモに受けてみろ」
「ざけろ、お前相手にンな事やってられっか」

 セイネリアが笑っていうのを、エルは怒鳴りつける。確かにこの状態で彼にどれくらい力で対抗できるかには興味があるが、やったら負けると分かっていてやる程エルも単純脳筋ではない。それでもやらない、と言い切りもしないが。

――力勝負、ねぇ……。

 エルは考える。彼に勝つならこちらの利点を生かすしかない。間合いの広さはそれだけでかなりのアドバンテージだが、彼ならそれを承知した上で勝機があって仕掛けてくるだろう。
 距離を詰めようと踏み出してくるセイネリアを、突きを連打する事で凌ぐ。こっちは三段強化を掛けていつもよりずっと速い筈なのに、それをきっちり避けてくれるあたり目の良さも体の反応も化け物だ。目がいいのは昔、狩人の弟子をしてた所為らしいが、パワータイプで狩人に近い能力があっておまけに頭も回るなんてインチキだと言いたくなる。

 何度目かの突きを、避けると同時に彼は前に出た。
 それを当然突きはするが、彼は剣で無理矢理受けて棒の軌道を強引に逸らす。鉄の刀身同士と違い簡単に滑らないから、剣の刃がガリガリと棒を削る音がしてエルは思わず歯を食いしばった。
 それでも、接近は許さない。
 エルは退くと同時に棒を回して受けた部分と反対側で彼を叩く。それは頭を落として避けられたものの、確実に彼は体勢を崩した。
 エルは更に棒を回す。この武器の利点はその間合いは勿論、剣のように振った後戻す動作が必要ない事もある。丁度両手剣の彼からすれば、柄が長くなって攻撃にも使えるようなものだ。殺傷能力が低いから殺し合いならそこまで有利ではないが、ただの試合ならそれだけで相当有利である。実際、二段階まで許して貰った場合ならそうそうエルは遊びの試合や手合わせで負けはしない。

 だからこそ、これで負けたら相当の実力差がある事になるのだが。

 軽くしゃがんだ彼の足を狙えば、今度は体毎横に転がって彼は避ける。それを追って叩けば更に彼は転がって、当然それをまた追う訳だが……そこでエルは失敗した。ずっと転がって避けるかと思った彼が、転がって逃げずに左腕で受けたのだ。そういやこいつの左腕の装備は分厚い鉄板が入った特別製だったと思い出したのは少し遅く、退こうとしたら右手で棒を掴まれて、立ち上がると同時にぶん回された。そうすれば今度は体勢を崩す事になったのはエルの方で、仕方なくエルは退いて体勢を整えるしかなくなる。
 幸いセイネリアはエルが退いた時点で棒を離してくれたが、その間に彼は完全に体勢を整えて構えを取り直していた。

――くっそ、そろそろ決着付けねぇとやべぇんだがな。

 段階を上げた強化は効果時間が短い。例外で伸ばす事も出来る事は出来るが、それは最大レベルで強化を掛けるの同様、平時にはやってはいけない手だ。まだ後2,3回の打ち合いは出来るだろうが、やってる最中に術が切れたら勝負が台無しになる。それでこの男に失望されるのは悔しいではないか。
 エルはにっと歯を見せて笑うと、低く構えた。




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