黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【35】



 アジェリアンは顔を上げる。こちらと目が合うと少し苦笑して、呟くように返してくる。

「厳しいな……貴様は」

 だが言ってから彼の瞳は遠くを見つめ、表情は穏やかになっていく。口元の笑みは無理やり作ったものではなく本心からの笑みになる。
 セイネリアもまた彼から視線を離して、少し口調を軽くして言葉を続けた。

「あともう一つ言っておくなら、これはビッチェのためでもある。あの女はあんたの怪我を自分のせいだと思うだろう。それにあれこれ気を使って声を掛けてやるより、あんたがそれでも問題ないという姿を見せるほうがあの女は罪悪感を抱かなくて済む。いっそ前より劣る部分のフォローは彼女に頼め、あんたのために出来ることがあるのはあの女にとって救いになる」
「あぁ……本当に何から何まで……いろいろ頭の回る男だな、貴様は」

 それで彼が肩の力を抜いて大きく息を吐いたから、セイネリアは彼のベッドの隅に腰かけるとわざと偉そうに腕と足を組んだ。

「俺は人を見る目には自信がある。あの女は腫物(はれもの)を触るように気をつかって扱うより、憎まれ口の応酬でもいいから本音で言い合った方がいいタイプだ。……そしてあんたは、失ったものを嘆いて立ち止まるより死ぬ気の努力を選ぶ男だ、違うか?」

 今度は笑って言ってやれば、彼は片手で目を覆って……それからまるでその手で顔を拭うように下ろしていくと口を押さえて喉を揺らした。

「あぁ……本当に……ありがとう」

 セイネリアも同じく、喉を揺らして軽く笑い声を上げた。

「礼はいらない、いったろ、俺は俺の為に言っているだけだ。あんたが辞めない方が俺もこういう仕事で声を掛ける相手に困らなくていいからな」

 言えばアジェリアンは、酷い男だな、と言ったあとに声を上げて笑った。





 そこから5日はやたら平和に時間が過ぎた。
 敵の大軍は完全に解散したらしく各自のいた場所へ帰って行ったという事で、それを確定するための調査には傭兵達も何度も出ていかされる事にはなったものの、基本的には訓練も会議もなく、戦闘が終わった後ののんびりした空気の中、一応は警戒のためという事で首都からきた者達は砦に滞在していた。

 ただそんな中でも割合忙しかったのは魔法職や後衛職の連中で、治癒が出来る人間は怪我人を見て回って暇だと言ってる余裕はなかったし、ロックラン信徒は周辺調査についていっては設置結界を張り直したり森の様子を調査したりとこちらもあちこちから引っ張りだこだった。あとは砦の連中から頼まれて光石をつくったり、他にも魔法アイテムの作成をしたりと細かい仕事をしている神官や魔法使い連中がいて、それぞれいろいろ忙しい中――ただの戦闘要員たちは調査についていく以外は暇をしていた。
 それでも最初の3日は戦場の後片付けというか死体処理や、今後邪魔になりそうな木の伐採などの力仕事をあてがわれていたのだが、その後の2日は調査に行く者以外は暇過ぎて……時間と力を持て余した連中の間で賭け試合が流行りだしたのは仕方のない事ではあった。

「おーおーまたやってるのかよ、あいつら」

 割り当ての怪我人を一通り見て今日の仕事が終わったエルは外に出た途端、集まって騒いでいる連中を見て呟いた。

「お、エル、今日はもう終わったのか?」
「おぅよ、まぁさすがに大半の連中は治ってくれたし、重病人は最初から俺らじゃなくリパ神官さん方が受け持ってっからな」

 冒険者としてエルは顔が広い。今回の仕事でも、自分の部隊ではない他の隊にいる連中に見知った顔が何人かいた。

「力余ってんなら、お前もちょっと暴れていけばいいんじゃないか? アッテラ神官なら二段階まで強化ありでいいぞ」
「おーそっか、確かにちと治療ばっかで思いきり体動かしたくはあったんだよな」
「ならやってけよ、どうせ遊びだ」
「んじゃちと飛び入りすっかね」

 と、いう訳で割と軽い気持ちで参加したエルだったのだが。




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