黒 の 主 〜冒険者の章・五〜 【25】 アッテラの強化術は多少ならその効果を体の中で偏らせる事が出来る。つまり、足を集中的にとか、腕を集中的にとか、効果を高めに出す場所を指定が出来るという事だ。勿論そんな器用なマネが出来るのは神官だけでただの信徒はそこまで出来ない……そもそも信徒は他人に術を掛けられないが。だからエルと組んで慣らしのつもりで行った仕事でいろいろ試してみたのだが、常用しても一番感覚が鈍らず効果がプラスにしかならなかったのは足を中心に強化を掛ける事だった。ただ、掛けても邪魔にならないという意味は掛けてもあまり意味がないという事でもあったので、わざわざ常用するまでじゃないと判断した訳だが。 ただこういう時は、足を重点的に強化するのは意味がある。 単純に走る速度を上げる為、セイネリアはエルに強化を掛けて貰っていた。足の疲労は増すだろうが立っていられなくなる程じゃない。とりあえず普通に歩けるのなら腕の力が入らない事の方が致命的になる、この場合は出来るだけ早くその場に着くのが重要だった。 既に相当数のクリュース兵が敵を追って森の近くまで行ってしまっていた。聞こえる音からしても何人か死んだと思っていいだろう。案の定、途中からは追っていくのではなく逃げてきた者ともすれ違って……だがその数があまりにも少ない事で、セイネリアは一度止まって目を凝らした。 ――不味いな、連中、囲まれたか。 いくら勝ち慣れした兵でも、逃げた連中を追って森に入る程馬鹿じゃない。だから森の近くまでいけば入るのをためらって足は止まる。 だが開けた場所から唐突に森が始まっているという事もない。砦前の整備された場所を抜ければ森が始まるまでにもまばらではあるが木はあるし、ちょっとした藪程度ならあちこちにある。どうやら敵は森の傍のそこらに隠れていて、追いかけたクリュース兵が森の前で足を止めて集まったところで出て来て退路を塞いだらしい。 ――敵の数的に、一人で突っ込んでもただの無謀か。 途中からは慎重に、隠れながらも近づいていけば、敵の数も見えてくる。 こちら側を塞いでいる敵は少ないから、中に囲まれた連中と連携を取れるなら突破させる事は可能だろう。だが中にいるのはクリュース兵でも使えない馬鹿ばかりで、上手くこちらの攻撃に合わせてくれるかは分からない。ついでに言えば敵に弓がいるから、ここから先、敵まですんなり近づけると思わない方がいいだろう。 運が悪い事に撤退の号令が掛かった事でそれに従った者達は既に退いていて、追って行った連中は完全に孤立状態でセイネリアと共に突っ込んでくれそうな味方はこの辺りには他にいない。 一応途中で敵の死体から盾を拾ってはきたが、そこまでして突っ込んでも中の連中と連携がとれなければ終わりだろう。敵と接触するぎりぎりに槍が届くように呼べればどうにか、だがタイミングがずれたら厳しい――考えていたところで、セイネリアは馬の駆ける足音に気付いて振り向いた。 近づいてくるのは一騎、乗っているのは騎士団兵ではない、いや。 「アジェリアン?」 何故彼が、と思うのと同時にアジェリアンが馬ごと敵に向かうのを見て、セイネリアは隠れていた藪から飛び出した。 彼を見捨てる気はなかったし、仕掛けるなら今しかない。 出来るだけアジェリアンの馬の後ろになるように走れば、敵はまず向かってくる騎馬に気を取られてこちらに気づかない。 矢が飛んでくる、ただそれは明らかにアジェリアンを狙ったものでセイネリアからは大きく離れている。 重量でも、その勢いでも、馬と正面からぶつかって人間が勝てる訳はない。 さすがに蛮族達でも道を開けるしかない中、馬から少し遅れてその道がふさがる前にどうにかセイネリアも敵の壁を突破した。だがその直後、前を行く馬の姿が大きく揺れる、馬のいななきと共に大きな馬体が横転する。放り出された男の傍にセイネリアはすぐ駆け寄った。 「アジェリアン、無事か?」 声は掛けても彼の状態を見ている余裕はない。彼の前に行って盾を構え、敵に備える方が優先だった。不幸中の幸いというべきか、彼の飛ばされた方向的に敵の矢を倒れた馬体で多少は防げたから、軽くしゃがんで上半身を盾で守ればどうにかなる。 「あ……あぁ、大丈夫……だ」 その声に安堵して、後ろをちらと見る。 まだ囲まれてた連中は戦っている、全滅してはいない。ならまずは向うと合流すべきだろう。 --------------------------------------------- |