黒 の 主 〜冒険者の章・四〜 【30】 ディンゼロ卿との話が全て終わりワネル家をあとにしたのは、静かに鳴る夜中の鐘の時間をとっくに過ぎた深夜の事だった。 終わってみれば計画はただ成功と言える結果になっていて、ディンゼロ卿は機嫌よくあの場でセイネリア達をもてなしてくれ、今後の話までして互いに笑って別れを告げた。セイネリアとしてはこれで当初の計画通りディンゼロ卿とのつながりを作れた事になるので、今後の為にもポイントや報酬以上によい成果があったと言えた。 深夜という事もあって、エーリジャも共に一行はグローディ卿の屋敷へいく事になったのだが、グローディ卿自身は相当に疲れた顔をしていて、前の時のように機嫌よく成功を祝って饒舌になる事はなかった。 そうしてグローディ卿の屋敷で一夜を過ごし、遅い朝食を取りに呼ばれた食堂へ行ってもグローディ卿は姿を現さなかった。まだ疲れているから朝食は部屋で取ると説明を受けたが、疲れは疲れでも気疲れという奴だろうとセイネリアは予想していた。 今回の件、セイネリアのような一冒険者とってみれば結果が全てと言えるが、貴族としての立場があるグローディ卿としては途中相当肝が冷えただろうというのは分かる。自分より力がある貴族に睨まれれば貴族としての居場所がなくなる彼としては、結果の想定外の部分を指摘された時は自分の今後に暗い想像しか出来なくなっただろう。 ――まぁ、いい薬にはなっただろうな。 今回の件で、グローディ卿はセイネリアの案に乗るのは今後もっと慎重になるだろう。だが逆にそれはこちらにとって都合が良くもあった。彼がこちらの協力者として出しゃばり過ぎない方がこれからいろいろ動きやすい。 「うー……ん。こういうところでこういう食事を取るというのは……なんというか……落ち着かないね」 グローディ卿の自慢の屋敷であるここの食堂は、客人を呼んで晩餐会が出来るようにかなり広く、調度品や壁の絵なども凝っていて格式があるつくりとなっている。もともと貴族の家で飼われていた時期があったセイネリアは別としても、ここ数日この屋敷で過ごしたカリンも気にせず食事をする中、当然だがエリージャはやらた緊張した面持ちで周りを見ては苦笑していた。 「これでは落ち着いてメシも食えない、か?」 軽く茶化して聞いてみれば、赤毛の狩人は周囲に目を泳がせて口元をひくつかせた。 「あー……うん、そうだね、部屋の広さもそうだけど、こういう広いテーブルに皿がいくつも並べられただけで……正直どう手をつけるべきか分からないね」 「その様子じゃ昨夜はロクに寝れなかったんじゃないか? 寝室が広すぎたろ」 「広すぎるっていうか、そもそもベッドがね。うん、これはまずいって思って、実は使用人のベッドが空いてないか聞いて移動させてもらったんだ」 さすがにセイネリアもそれには軽く吹いた。 声を上げて笑えば、カリンも口に手をあてて笑っていた。 「貴族の仕事を受けてそのままもてなされた、という事はないのか? もしくは仕事の間、屋敷に滞在したとか」 「そういうのは普通ないだろ、貴族に知り合いもいない平民の一冒険者が貴族の仕事を受けるなんてまずないさ。せめて上級冒険者の肩書でもあればまだしも……」 考えればそれも当然かとセイネリアも思う。首都に来た時からずっと貴族の飼い犬をしていたセイネリアはその所為でたまたま貴族にかかわる事が多かったが、普通の平民冒険者が貴族から仕事を受けるのなんて確かに上級冒険者ならあり得る程度のモノだろう。 「まぁ確かにな、だが今後はそういうのもあるかもしれないから慣れておくといいかもしれないぞ」 「いや、こういうのはもう一生ないと思ってるんだけどね」 「どうだろうな、なにせあんたは今回俺に借りが出来たろ?」 言いながら笑って相手の顔を見れば、エーリジャは困ったような愛想笑いを返してきた。 「あー……そうか、そうなるね」 「こちらも助けられたしな、多少は差し引いてやってもいいがあんた一人じゃ今回の件はどうにもならなかった。それを丸く収めてやったんだ、それ相応の貸しになると思うんだがな」 「……うん、それは認めるけど、君への借りってすごい怖いなぁ」 顔をひきつらせたエーリジャの手は完全に止まっている。どうやらこの話で余計彼の食欲は落ちてしまったらしい。セイネリアはわざと軽口で言いながら食事を続けた。 --------------------------------------------- |