黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【28】



 セイネリアが予想した通りその後に問題は起こる事はなく、参加者たちは最後まで何も知らずただパーティを楽しんで、深夜を告げる鐘と共にちらほらと帰り支度を始める。
 ただ当然、パーティーの主催者であるワネル家側は何も知らずなどという訳にはいかず、ワネル卿は勿論、ワネル家の警備に当たっている者達は例の襲撃者が現れた以降は常に警戒をして回っていて、一部の参加者達から不審な目で見られる事になっていた。

 セイネリアとしては今回の件は、当初の予定通り上手くいった、とは思っていなかった。
 庭でセイネリアが射た者達は、怪我程度だったのもあって自力で逃げてその存在をワネル家の警備側に気づかれる事はなく済んで、これは想定通りだと言えた。ただ襲撃に来た例の一団はワネル家の警備に捕まり、しかも数人警備兵に負傷者が出ていた。捕まえた連中はどうやら雇い主にゼナ卿の名を出したらしいから明らかにイレギュラーな事態だったと弁明する事は出来るが、それでも『関係者以外に被害はなく穏便に』とはいかなかったと言われればそれは否定できないだろう。

 だからパーティ終わりにもう一度会う事になったディンゼロ卿は、当然いい顔でこちらを迎えはしなかった。
 しかも、セイネリアとしては想定外の事態がもう一つあったこともそこで分かった。

「今回のお前達の働きだが……まぁ、失敗した、とは言う気はないが、少々面倒な事にしてくれたのは確かだな」

 言われたグローディ卿が明らかに動揺してセイネリアをチラ見してくる。こちらの計画が問題なく成功したなら交渉役は最後まで彼に任せるつもりだったが、ディンゼロ卿の出方によってはセイネリアが話した方がいいとは思っていた。
 ただ今回の結果くらいなら、十分許容範囲内としてそこまで責められるものではないだろうとも思っていたから、ディンゼロ卿の態度の硬さは少々想定外ではあった。だがその原因は続いた言葉で分かる事になる。

「ワネル卿から私に向かって正式に感謝の言葉が来ていてな……どうやら、今回の主役である孫娘を助けた者が私の手の者であると言ったらしい」

 セイネリアはカリンを見る。彼女は明らかに動揺して青い顔をしていた。

「つまりこれで……ヴィド卿には、今回の計画阻止は私のした事、と認識されてしまった訳だ」

 いかにも見下す瞳で、どうしてくれる、とでも言う空気を纏って老貴族はこちらを見てくる。カリンだけではなくそれにはグローディ卿の顔も青くなっていた。それでセイネリアは彼に任せるのは無理だと判断した。

「あ、あの……それは私のせいです、私が……」

 カリンが青い顔で、それでもはっきりとした声でディンゼロ卿に訴える、だが。

「お前は何も言わなくていい」

 セイネリアは言ってカリンの肩を軽く叩くと青くなっているグローディ卿と彼女の前に出た。
 ディンゼロ卿は見下した目のままこちらを見て、口元に皮肉気な笑みを浮かべた。

「約束通り、お前が勝手にした事にしてもいいのだがな」

 セイネリアも相手に笑って返した。

「あぁ、別にそれでも構わんが……随分勿体ないことをする、そちらにとっては折角の機会だろうに」
「機会だと?」

 ディンゼロ卿は眉を寄せてこちらを睨む。セイネリアは笑みを崩さない。

「あぁそうだ、今回の件、あんたが手を回してヴィド卿の計画を防いだという事になれば、ヴィド卿にあんたは簡単にどうにか出来る相手ではないと認識させる事になる。そうなれば今回のように、遊びで手を出してどうこうしようとはしてこなくなるんじゃないか?」
「ふん、そうとも言えるかもしれないが、実際は逆だろう。ヴィド卿の計画を潰したとなれば今度はこんなぬるい手ではなく本格的にヤツはこちらを潰しにくるだろう」

 ディンゼロ卿も余裕を見せて笑みで答える。
 セイネリアはそこで瞳に侮蔑を込めると、更に大きく口元を笑みに歪めた。

「なんだ、ディンゼロ家というのはヴィド家と同等の地位を持つ大貴族だと聞いていたんだが、ただのヴィド卿に怯えて従うだけの下っ端貴族だった訳か」
「……口のききかたには考えた方がいいぞ、雑魚め」

 さすがに怒鳴りつけはしないが、ディンゼロ卿の声が怒りに震える。

「違うのか? ヴィド家に頭を下げて従う気がないというのなら、どちらにしろあんたは自分の力を相手に示さなくてはならない筈だ。そもそも今回の件はヴィド卿があんたの派閥の評判を落とす為にやった事だ、ある意味あんたを試したとも言える。それでどうにか計画を阻止した後、『どこぞの雑魚が勝手にやった事で自分は知らない』というのと『こちらはお前の計画に対処できるだけの頭がある』と相手に示すのと、どちらの方があんたの家の『格』をあげられるかは明白だと思うんだがな」

 今度はディンゼロ卿は即答しない。怒りのあまり声が出せない……というのもあるだろうが、こちらの話を否定できない事も分かってはいるのだろう。
 セイネリアは今度は煽り口調を止めて、笑みを収めて冷静な声で言った。

「ディンゼロ家当主として、あんたは腹を決めるべきだ。ヴィド卿の傘下に入りたいのか、対等な大貴族として今後も在りたいのか。前者なら俺を奴に差し出して頭を下げれば表面上は喜んで下っ端にしてくれるだろう。……ただヴィド卿の事だ、仲間になったらなったで下っ端として安心できるところまであんたの力を削ぐだろう事は目に見える。それでも身の安全の方が大事だというならその選択もありなんだろう。だがあんたが自分の家の誇りを貫きたいというのなら、ヴィド家に毅然とした態度を示すべきではないのか?」




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