黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【17】



 パーティ会場に戻ればそろそろ余興が始まっているらしく、各貴族達が連れてきた芸人や演奏者、詩人などがそれぞれの芸を披露している最中だった。エーリジャの出番はほぼ最後周辺だからまだ時間はある筈で、セイネリアは弓と矢筒を一度庭に隠してから、例によって目立たないように壁際に立ったカリンの後ろで会場内の様子を見ていた。
 会場全体を見ながらも注意するのはノウスラー卿とグクーネズ卿で、彼らは確かに供も連れておらず、他の者と会話をしていても落ち着かない様子で気もそぞろといった風に見える。
 だが、そんな彼らの他に、もう一人挙動不審な人物をセイネリアは見つけた。

『カリン、向うにある赤い星の飾りがついている木の下を見ろ』

 小声で伝えれば、彼女はすぐに反応する。

『灰色の上着の男でしょうか?』

 流石に彼女も不審な人間を見分けるのは早い。

『あぁ、2馬鹿と一緒に奴も注意して見ておいてくれ』
『分かりました』

 今回のカリンの役目はドレスによる荷物運び役と、この会場内を見張って不審な動きがあったらエーリジャとセイネリアに知らせる事であった。その為に彼女のドレスの胸についているブローチは開けると鏡になっていて、光らせて合図を送れるようになっている。
 けれど、そんなやりとりをしていれば、近づいてくる人影に気づいて二人共に口を閉ざして前を向く。

「失礼、少々いいでしょうか?」

 またどこかの自称親切な貴族のドラ息子か、と思ったセイネリアは内心面倒に思いながらも護衛らしくカリンの後ろで直立して、一応警戒しつつも様子を見る事にした。

「はい、何でしょう?」
「エーレン嬢で間違いありませんか?」
「はい、そうですが」
「失礼、実は先ほど我が愚弟が貴女にご迷惑をおかけしたと聞きまして、これはお詫びしなくてはと貴女を探していたのです」

 先ほどの馬鹿の兄か、と気分的にはうんざりしたが、これは都合がよくもある。そう思ったセイネリアの考えが伝わったかのように、カリンはにこやかに男に微笑んだ。

「いえ、お詫びだなんて。別に迷惑などと思っていません。私の方こそ、用事の所為で話を無理矢理終わらせてしまったので、弟さんに謝っておいてくださいませ」
「そうですか、それを聞けば我が愚弟も安心することでしょう」

 言ってカリンの手をとって口付ける男に、そこでカリンは今気づいたかのように、あら、と呟いた。

「どうかされましたか?」
「あぁその、大したことではないのですが、あそこの赤い星飾りの木の下にいらっしゃる方、なんだかご気分が悪そうで大丈夫かしら」

 そうすれば立ち上がった男は、カリンの言った方向を見て、それから顔を顰めて鼻で笑う。

「あぁ……来ていたのか。あの男はゼナ卿です。まさか来るとは、ワネル卿に合わせる顔もないだろうに」
「何かあったのですか?」
「ちょっとしたトラブルですよ。そうですね……簡単に言えば、ゼナ卿がワネル卿に紹介した業者が盗みを働いて、ワネル卿が貴族院を通してそれを非難した、というところです」
「まぁ……そんなことが」
「えぇ、ワネル卿もよく奴に招待状を送ったものです。それとも送った事自体が嫌味だったのかもしれませんね。とはいえまさか来るとはね。まぁ、貴女が心配する事などないでしょう。あの男の様子がおかしいのは、おそらく周りの誰にも相手にされなくて居心地が悪いだけでしょうから」

 それを聞いてセイネリアは考える。
 経緯だけ聞けば、確かに参加する方がおかしい人物なのは確かだった。宮廷周りの貴族達というのは日々相手を落とし合っていて、何か落ち度や、軽蔑されるべき事があればあっという間につまはじきにされて立場を失うというのがお約束である。
 ゼナ卿のような者の場合は、大抵はほとぼりが冷めるまで大人しくするか領地があるなら領地に帰り、数年後に改めて相手に対して非礼を詫びて復帰する、もしくはそのまま落ちぶれるかのどちらかになる。
 そんな状況の人物が、何かを気にしてきょろきょろと不審な動きで、他の貴族とも話してはおらず供も連れていないとなれば怪しむなという方が無理な話だ。決定的とも言えるのは、参加貴族達の視線の殆どが余興の芸人たちに向けられている中、ゼナ卿はまったくそちらを見ていなくて何かを探すように視線を彷徨わせながら……時折ワネル卿と今日の主役の娘を見ている事だった。




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