黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【16】



 日が完全に沈んでからさほど経っていない現在、パーティもまだ序盤といったところでこの時間から訪れる客も多い。少ないとはいえ廊下を行き来する人々の切れ間をぬってディンゼロ卿の個室へ赤毛の狩人がやってきたのは、セイネリア達がディンゼロ卿との会話が終わって間もなくの事だった。

「はじめまして、エーリジャ・ペルーと申します」

 平民冒険者に興味がないディンゼロ卿はわざわざもう一人の実行役に会う気はなく、彼と待ち合わせる為にセイネリア達は入ってすぐの小部屋の方を使う許可をもらって待っていた。
 エーリジャはいつも通りの人のよさそうな笑顔でとりあえずグローディ卿に挨拶をしたが、その後セイネリアの方に向き直ってから笑みを崩す。眉を寄せて顔を見ているセイネリアを見て、彼は苦笑いをしながら頭を掻いた。

「あー……うん、この恰好がおかしいのは分かってるけど、そんな顔をしなくても……そんなに変かい?」
「……というか、どこの道化だ」
「まぁほら、余興役だからね」

 どこからみても道化としか思えない派手な恰好の男に、セイネリアは呆れたように軽くため息をついてみせた。

「その恰好でよくここまで人に咎められずにこれたものだな」
「まぁそこはね。目と耳としのび足は自信があるからね」

 ウインクをしてから、エーリジャは今度は隣でどう反応すればいいのか分からず固まっているカリンに恭しく頭を下げた。

「はじめまして、レディ」

 その芝居じみた動作と今の彼の恰好が似合いすぎて、カリンが思わず軽く吹き出す。セイネリアも口元を歪ませ、グローディ卿も呆れて笑ってから彼に向けて手を出した。

「エーリジャ・ペルー、聞けば相当腕のいい弓の使い手と言う事だが、今回は……頼むぞ」
「はい、全力で問題が起こらないように努めさせていただきます」

 その手を握り返した後、また彼はグローディ卿に仰々しくお辞儀をしてみせたから、今度は直後に全員で笑った。とはいえ。

「とりあえず時間がない。渡すものだけ渡しておくぞ」

 セイネリアがそう言ってすぐ、カリンが当然のようにドレスのスカートをまくり上げれば、今度は彼がお辞儀の恰好から急いで後ろを向いた。

「別に中にも服を着ている、目を逸らす必要はないぞ」
「はい、構いません」
「いやっ、でもっ、そういう訳にはいかないだろっ」

 実のところカリンがドレスを着ているそもそもの理由は武器や道具を持ち込む為であって、しかもいざという時ドレスを脱げるようにしたいというカリン自身の主張で下に動きやすい服も着ていた。

「まぁ、うら若いレディがスカートをたくしあげるのは普通は見るべきではないと思うが……今回はそういう事を言っている事態ではないのも確かだな」

 グローディ卿が咳払いをしながら言うものの、狩人は後ろを向いたままだった。

「いやっ、俺は見ないっ、だからスカートを戻したら言ってくれ」

 年齢も年齢だし、子供がいるという話だから女性経験がない訳でもないだろうにやたら真面目な男だとセイネリアは思う。一方、当のカリンといえば何故そんなにエーリジャが焦っているのか分からないのか不思議そうな顔をしていた。カリンは普段の服が動きやすさ重視で足を出してる為、足を見せる程度で焦る彼の気持ちが分からないのだろう。そもそもボーセリングの犬であった彼女にとって、邪魔なドレスをまくり上げるのが恥ずかしい事だとは考え付かないのかもしれない。

 そんなカリンとエーリジャの反応がおかしくてセイネリアは笑うと、彼女のドレスの下に隠してあった自分の弓と矢筒を受けとってカリンにドレスを戻すように言う。

「もういいぞ、ほら」

 そうしておそるおそる振り向いた男の手に矢の束を渡した。

「……これは?」

 聞き返してきた狩人にセイネリアが耳打ちをすると、10以上年上のくせに妙に子供っぽい表情を見せる狩人は、何かを発見した子供のように瞳を輝かせて言った。

「成程、いいね、分かったよ」




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