黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【34】



「はぁ?」

 この男の顔から出るのが嘘みたいな言葉に、エルは口を開いたまま止まる。今口の中に酒が入ってなくて良かったと思うくらい、間抜けに暫くそのまま呆けてから急に我に返って聞き直した。

「……まてまてまて、善人だってぇ?」
「あぁそうだ、あのジジイは基本的に善人だぞ。慈悲の神の神官らしくな」
「いや意味分からねぇよ、だって今まで何人も殺して来てンだろ?」
「そうだな、カリンの調べたリストを見たところじゃ10人以上は殺してそうだな。おそらく狙いは装備だ、いい装備の連中が狙われて仕事中の事故を装って殺されてる」

 聞いただけでエルは気分が悪くなって顔を手で覆った。いやそれで善人はないだろ、と呟きながら。それを受けてセイネリアはやはり軽い声で言う。

「いいや、善人さ。第一にあのジジイはまともに孤児に同情出来る人間だ、第二に自分のやってきたことを『悪い事』だと分かっている、第三に俺を殺す意味がないと分かったらこちらを助ける事にした、つまり理由もなく殺しなどしたくはないという事だ」
「いやでもさぁ……」
「エル、俺は別に善人を『正しい人間』だと言っている訳じゃない。善人と言っているのは悪い事を悪いと思える人間だということだ。つまり罪を犯す事に罪悪感を感じられる真っ当な人間という意味だ」

 確かに『善人』という言葉をそう定義しているのなら、モーネスが善人という意味は分かるがそれはそれとして話の流れ的にやはり納得出来ない事がある。

「じゃいいや、あのジーサンが『善人』って意味は分かった。ンだけどよ、善人だから許してやろうってのは……すっげーお前らしくないんだが」

 今度はセイネリアは軽く顎を摩ってから腕を組む。

「なら筋道を立てて話すか。善人というのはな、罪と分かっていて悪い事は出来ない、したくない人間だ。だから自ら自覚して罪を犯す場合には自分を納得させる理由が必要になる。失敗やはずみで意図せず犯してしまった罪は別として、罪だと分かっていてしかも継続して何度も犯す罪なら、自分を納得させられるだけの本人にとって高尚な理由、という奴がある筈だ」
「……いや、よくわからねぇーんだが、どういうことだ?」
「そうだな……具体的には善人が罪を犯してまでも金が欲しいとなれば、その人間にとって大切な何かを守る為金がいる……というのが考えられるだろ。ならもしあのジジイとソレズド達が罰せられた場合、その『守ろうとしていた何か』が問題が起こる可能性がある」

 セイネリアの言いたい事が大方分かってきて、エルは重い息を吐いた。

「つまり、単純にジーサンを罰そうとしなかったのは、あのジーサンが守りたいモンが何か分からなかったってのもある訳か」
「まぁな、なんの為にあのジジイが罪を犯しているのか、罰するにしてもその理由くらいは確認してからでもいいだろ。あまりにも下らない理由だったら後からどうとでも遊んでやればいい」

 そういうのを楽しそうにいうのはどうなんだ、と心では突っ込みながらも、いちいちそんな事を言っていたらキリがないとエルは頭を押さえつつため息をついた。

「なら、帰ってきてから調べたんだろ、あのジーサンの事」

 そこまで言うなら、彼が調べていない筈はない。本来は調査要員としての部下らしいカリンがいるなら絶対に調べている筈だった。

「あぁ、予想通りといえば予想通りだ、個人で孤児院をやっててたのさ。ついでに言うとソレズドはその孤児院で育ってる」

 さすがにエルもそこまで聞けば、モーネスの事情をほぼ全部察する事が出来た。孤児を養う為に金が欲しくて、高く売れそうな装備の冒険者を殺してはそれを売っていた……もし彼らが投獄なんてされたらその孤児たちは露頭に迷うところだった訳だと思うと重い息しかでない。

「殺されただろう連中に当たりをつけて調べてみたところ、全員確かに金になりそうな特殊な装備を持っていて、更にいえば人間的な評判はよくない連中だった。つまりおあつらえ向きに殺してもジジィの中で正当化がしやすい連中ばかりだった、という訳だな」

 エルはなんともやりきれない気分のまま、目の前にあるグラスの中身を一気に飲み干した。それから大きく息を吐く。

「そこまで考えてたお前は単純にすげーと思うけどよ……ただ言わせてもらうなら、そのために奴らを許す程お優しい人間じゃねーだろ、てめーは」

 だから真意はなんだ、と彼を睨めば、彼は至極冷静に、けれどどこか楽しそうな声で言って来た。

「エル、言っておくとお前は一つ勘違いをしている。俺は別に奴らを許した訳じゃない。ここでわざわざ罰してもあまり意味はないと思っただけだ」




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カリンは相当ソレズド達にムカついていたらしいです。ちなみにレイペ神官は触ってきていないので蹴られなかった模様。

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