黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【24】



 ドラゴンは相変わらず首を振って暴れまわっていた。
 まだ距離はあったから急いで近づく事はせず、慎重に相手の動きを見て足を動かす。ずっと観察していた所為で、ドラゴンが火を吐いていられる時間、止まってからその後に次の火を吐けるようになるまでの時間は分かっていた。やはりエレメンサに比べれば火の持続時間も長く、次もすぐ吐けるようにはなるものの途切れず吐き続けるなんてことはあり得ない。それならば十分対応のしようはある。

 エルとモーネスの盾を借りてきたのは、二人の盾が一回だけなら火を受ける分の術が持ちそうだったからだ。思った通りの位置取りをするまでに1回、それでどうにもならなかったら終わりだろうなと冷静に考える。

 そうっとドラゴンに近づいて行っているセイネリアは、途中で落ちていたエルの長棒を拾った。折れていないのを確認すると、セイネリアはそれを右手に持ち、左手に盾を構えながらドラゴンの潰れた目の所為で死角となっているであろう左側後ろから近づいていく。それでも距離を保つ事は忘れない。これだけのデカ物になれば尻尾や足の攻撃も一度当たれば致命的だ、盾の術はアテにするものではなくあくまで保険として考える。とにかく、大事なのは角度、ドラゴンの真正面に出る事だった。
 慎重に近づいていたセイネリアはドラゴンの視野内に入る直前、一度足を止めるとエルの長棒を構えた。そうしてそれを再びドラゴンの潰れた左目に向かって投げた。

 当然、ドラゴンは怒りの声を上げる。
 辺りの空気がその音にびりびりと震える。一部の場所で崩れたのか、細かい石が落ちてくる。
 ドラゴンは怒りのまま火を吹いて、そのままセイネリアの方を向いた。それを盾で防いで、その火が止むのを確認してから盾を投げ捨てて背の盾に切り替える。

「こっちだ化け物っ」

 セイネリアは頭の中で火が終わってからのカウントをしながら走っていた。ドラゴンの正面に走り込みながら化け物の無事な右目がこちらを見つけたのを見て、今度は手に用意しておいた水晶魔石をドラゴンの顔から離れた場所に投げつけた。気づいたドラゴンはそれを口で受け止めようとして首を伸ばす、その隙にセイネリアはドラゴンの正面に回ることが出来た。左手には盾、そして右手には呼んでやってきたばかりの魔槍を持ち、セイネリアはドラゴンの前に立つ。だがそれは丁度カウントが53――ドラゴンが次の火を吹けるようになる時間でもあった。

 ドラゴンはこちらを向いて口を開ける、だがセイネリアもその時には槍を投げる準備が出来ていた。
 この魔槍は投げるには適していない形をしている、だからセイネリアのただの全力ではドラゴンの口まで届かない。だが強化を掛けていれば――弦を引き絞った状態の弓をイメージして背を撓(しな)らせ、セイネリアは吼える。アガネルの前で初めて大斧を持ち上げた時のように筋肉が軋む音を聞きながら、セイネリアは精一杯の力で槍を投げた。
 直後に目の前が赤くなる。だがそれは想定内で、前に出した盾は辛うじて間に合った。火はセイネリアを襲う、けれどそれは続かない。セイネリアが見て数えていた持続時間より早くドラゴンの火は収まる……そのタイミングはまるで、ドラゴンの悲鳴が辺りを震わすのと切り替わるように。

――どうなった?

 盾を下したセイネリアはドラゴンを見上げた。
 ドラゴンの頭は燃えていた。口を開いたままその中に魔槍が刺さった状態で、燃えた頭を左右に振りながらドラゴンは声を上げていた。だがそれも長くは続かない、既に喉を裂かれたドラゴンが声を失くすのもすぐの事で、やがて頭を振るその動きは風に揺らぐ枝のようにゆっくりになり、そのまま地響きを立てて地面にその巨体を横たわらせた。

 セイネリアは大きく息を吐いた。
 それから間もなく術が切れたのか、疲れが押し寄せてきてセイネリアはその場に座り込んだ。




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