黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【23】



 不満そうな顔をしながら、エルが大きくため息をついて頭を押さえた。
 それに、セイネリアは喉を揺らして笑ってみせた。

「ったく、俺に選ばせるな、やるならお前が決めろ。どーせやりたいから言って来たんだろうがよ」
「あぁ、頼めるか、エル」

 言えばエルはじとりと嫌そうにこちらを睨む。ため息こそつかなかったが、思い切り顔をしかめてこちらを指さして言ってくる。

「やるってンならそりゃ協力はすっけど……いいか、簡単に死ぬんじゃねーぞ、折角見殺しにしなかったのに目の前で死なれたら気分悪ィ」
「勿論死ぬ気はない」

 やはり軽く返せば、彼は今度は声を抑えつつも怒鳴る勢いで言って来た。

「ならもうちょっと真剣な顔をしろ、簡単に死ぬかもしれねぇ選択をすンな」

 エルがこうして怒っている時は大抵こちらを心配している時――というのをセイネリアは理解していた。自分など心配していたら大変そうだと他人事のように思うが、そういう人間がいるというのも悪い気はしないのも確かだ。

「強化術を掛けてくれ、三段階だ」

 言えばエルは益々眉を顰める。三段階といえば神官が他人に掛けられる術としては最大レベルとなる。セイネリアでさえ軽く驚くくらい力が上がるのが分かるが、切れた後は行動に支障が出る程のきつい疲労が襲ってくるのが試しに掛けてもらった時に分かっていた。アッテラの術は基本、効果が高い程掛けて貰う側の体力を持って行く、だから通常戦闘で使うなら強化術は最低レベルが普通だが、セイネリアからすればその程度の強化ならわざわざ掛けてもらう意味もないと思うところだ。

「ンな化け物になってまで何をする気だよ、それに切れた後逃げられるのか?」

 エルは驚き半分呆れ半分で言ってくるが、その反応も想定内だったからセイネリアは笑って返す。

「逃げる必要はないな、そこで仕留められなかったらどちらにしろ終わりだろう」
「……いやだからソレを笑って言うなって」

 エルは頭を抱える。その様子を見ていた老神官が会話に入ってきた。

「で、私はとりあえず盾の術を掛けておけばいいのかな。なんなら持続呪文で掛けてもいいんだが」

 ここで言う持続呪文というのは術を一回掛けるやり方ではなく、常に呪文を唱え続けて術の効果を途切れさせない方法である。盾の術で言うなら普通に掛ければ一回だけ攻撃を無効にしてくれるが、持続呪文なら唱え続けている間は攻撃を無効化し続けてくれる。ただこれにも問題はあって、術者の声が途切れればその間術は無効化する。勿論それでもその一瞬にたまたま攻撃を受ける可能性なんて低いから、術者が安全な場所で待機出来る状態ならよく使われる術ではある、だが――。

「いや、普通に掛けてもらうだけでいい」
「そうか」

 モーネスは僅かに眉を寄せた。セイネリアはそれに笑う。

「術を頼りにして、ジジイがくしゃみをした途端に吹っ飛ばされたら笑えないからな」
「全く……口の悪い男だ」

 その後は普通に盾の術を掛けて貰って、それからエルに術を貰う。後は渡して貰った二人分の盾を、一つは背負って、一つは左手に持って、セイネリアはそこから飛び出した。




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