黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【25】



「いやぁ、今回も貴方の槍の出番はありませんでしたねぇ」

 どこかのんびりとしたその声――今回の仕事の依頼者である魔法使いの声に、セイネリアは僅かに眉を寄せてから振り返った。

「出番がないならそれに越したことはないと言ったろ。あれは一度呼ぶと持って歩かないとならないから面倒なんだ」
「成程、でも私としては少々残念です」

 それだけ言って魔法使いは治療中の脳筋男の方へ行ってしまった。セイネリアはちらとその背を目で追ったが、すぐに散らばった犬の死骸の片づけに入った。

 そもそも今回の仕事内容はこの魔法使いが何か特殊な鉱物を取りにいく為の護衛という事で、募集書にはそこに相当危険な魔物がいるとやたらと脅しのように目立つよう書かれていた。だから腕に自信があるものだけが集まった訳だが……まぁそれなりに動物やら化け物に襲われる事はあったが今回同様手こずる程もなく倒せている為、結局は荷物運びの方がメインになりつつあるというのが実情だった。

 だがどうにも……最初から、セイネリアはそもそもこの依頼主の事が気に入らなかった。魔法使いというだけで嫌悪感があるというのもあるが、この一見おっとりした風貌の男に得体のしれない気味の悪さというか違和感のようなモノを感じていたというのがある。セイネリアがこうして大人しく雑魚相手ばかりをしているのは、実はこの魔法使いがやけにセイネリアの魔槍を見たがるような事を言ってきていたから、というのもあった。

 鉱物自体の採取は終わって今は帰り路であったため、先を急ぐことにして一行はすぐにそこを発つことにした。戦闘があった場所に長くいると血に呼ばれて余計な化け物に会う可能性もある為、最低限の処理だけで急いでそこを出る。
 時間はまだ午前中で、今日中にこの山を抜ければふもとにある冒険者用の共同小屋で今夜はゆっくり眠れる筈だった。そこまで急がなくても問題はない予定ではあったが、トラブルを見越して急げる時は急いでおくというのは冒険者としての基本でもある。そうして太陽がかなり真上近くまで上がった頃、一行は行きに休憩場所として使った大木の近くに着いた。

「さーて、飯だ飯だ、飯にしようぜ」

 いつも通り先頭を歩いていた脳筋男が、そう言って嬉しそうに真っ先に荷物を下す。
 ここからふもとまでの時間配分を考えればここで昼食となるのは当然ではあったので、それを否定する者は誰もいない。
 組んで三日目の仕事となれば食事時の役割分担も慣れたもので、特に誰かが指示することもなく火を起こすものと水を汲みに行くものが準備を始める。
 いつもならセイネリアは肉の調達に狩に行くところなのだが、今日は既に肉があるため水汲みでも手伝うかと立ったところ、魔法使いが唐突に『鳥が食べたい』と言い出したので結局今回も狩に行く事になった。だから矢を用意して準備を始めたのだが、そこへふと、少々不自然に、狩に行く原因となった人物が近づいてきた。

「私も同行させてもらっていいでしょうか?」

 セイネリアはそこで一度考えた、だが。

「構わん、ただ大人しくついてくるだけでへたに動き回るなよ」

 すぐにそう返せば魔法使いが意外そうに目を見開いて、だがその後ににっこりと笑顔で言ってくる。

「えぇ分かっています、勿論何もせず傍で見ているだけですよ」

 その嘘くさい笑顔に唾を吐きかけたくなりながらも、セイネリアも笑顔で魔法使いに言った。

「あぁ、俺の仕事を増やさないでくれればいいさ」




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