黒 の 主 〜冒険者の章・2〜 【2】 北の大国クリュース、その首都セニエティは、街の北に飛び出すように存在している城から、南に向かって逆さ扇型に広がるような形をしていた。城はもともとあった小さな湖を拡張してその中に浮かぶ小島のように作られており、街とは橋だけで繋がっている。湖の水はそのままセニエティの外周をぐるりと取り囲む堀に流れ、そこから更にクリュース最大の川であるサンレイ河の支流のサンレイ・エシオ河に流れ込んでいた。 実はこのセニエティを語る上で城に次ぐ重要施設としてこの国の国教である三十月神教の主神であるリパの大神殿があるのだが、これも街の北東の隅からはみ出したように存在していて、この場所に建てたことには広い敷地の確保以外にも理由があった。 地形上、セニエティは北東から南西にかけてなだらかな下り坂になっていて、深夜にこの神殿にある水門を開いて水を街に放出し、その水に魔法操作を加えることで街を一気に清掃しているのだ。 流石に毎日ではないもののそういう事情もあって、深夜のある程度の時間以降、住人は基本外出禁止となっていた……のだが、勿論こんな大きな街で深夜は大人しく家の中にいろ、というのはいろいろ難しい。だから例外として、いわゆる酒場街や色街だけはその『規則』の制約から除外されていて一晩中人がいるのだ。 その、ひっそりとした住宅街からは嘘のように賑わう、深夜の酒場の一角。 そこでセイネリアが会っていたのは、グローディ卿の仕事の時に連れ帰ってきたあの元盗賊の男だった。ただし、『連れ帰った』というと少しだけ語弊がある。確かにグローディ卿の屋敷までは共に連れ帰って来たのだが、いくら割合貴族としてはそこまで気取っていないグローディ卿でも、あの男を屋敷に入れるのはさすがに渋った。絶対に嫌だとまでは言わなかったが明らかに表情的に難色を示した為、この男に証明書といくばくかの礼金をすぐ出して欲しいとセイネリアが頼んだのだ。そうすれば彼はさっさと首都に戻るだろう――といえば、グローディ卿も快くその急な願いを聞き届けてくれたという訳だ。 「そういう訳で折角の優雅な馬車の旅でしたからね、他の街に寄ったりしたんで結構遅くなっちゃいまして。ついたのは昨夜だったんですよ」 前に見た時からすれば驚く程小奇麗になった男は、更に酒が入ったこともあって上機嫌でよくしゃべる。適度に相槌を打って聞き流してはいたセイネリアだが、一方的に話しまくる男の相手は別に嫌な訳ではない。殆どがどうでもいい話であっても、現在の他の街の様子や風習など、後で役に立ちそうな情報がこの手の雑談にはよく隠れている。ある意味情報をタダで垂れ流してくれる有り難い相手ともいえるし、自分から場を持たせる雑談などしたくないセイネリアとしてもこういう相手はやりやすいと言えた。 「成程、それで俺より首都に帰るのが遅かったのか」 言って酒を一気に喉に流し込むと、男はその飲みっぷりを褒めた後に自分も一気に杯を空け、セイネリアと自分の分の酒を注文した。 「人間、余裕があるときはいろいろ楽しみたくなる訳で」 「まぁ、心に余裕があるというのはいいことだ」 実の話、いかにも早く追い出したかった……という自分の行動に多少罪悪感を感じたのか、グローディ卿はこの男に首都までの馬車のチケットの手配もしてくれた。いい目にあった分セイネリア相手にはやたらと気前がいいという理由もあるだろうが、やはり貴族にしては確かに『善良』な人間だろうと思うところでもあった。この分なら、限度を超えた無茶や、彼の道徳観的に許せない事でない限りこちらの頼みは聞いてくれそうだと思う。 おそらくあの騎士も、当分は余程の事でない限りはこちらがする事に関して主であるグローディ卿にどうこう口を出す気はないだろう。こちらの実力を認めてくれただろうから、それに関しては逆に後押ししてくれる可能性さえある。あの真面目男がナスロウ卿を崇拝するなら、実力主義で、更に私情を挟まず公正であろうと行動するのは目に見えていた。 --------------------------------------------- |