黒 の 主 〜冒険者の章〜 【39】 悔しいだろうにそう返したのはナスロウ卿の教えだろうか、根っから真面目なだけか。ただ今回の勝負がここまで一方的になったのは、何も実力だけの問題でないこともセイネリアには分かっていた。 「今回貴様は鎧じゃなかったからな」 そう呟けば、ザラッツは下を向いたまま地面の土を握りしめた。 両手剣同士の勝負だと、鎧ありとなしでは戦い方そのものが変わる。なにせ鎧を着ていないという事は、攻撃だけでなく防御のすべても剣でしなくてはならないということだ。実践を想定する戦いなら、勝者となるのは相手を負かしたほうではなく生き残ったほうである。となれば攻撃以前に身を守らなくてはならない訳で、生身での戦闘で両手武器を使う場合はどうしても防御優先の消極的な戦い方が基本となる。 一方、普段のザラッツのように全身甲冑(プレートアーマー)を着ているのなら話は別だ。基本剣を刃物として恐れなくていい。守ればいいのは鎧の隙間や特定の急所で、あとは体中の鎧のどこで受けても構わない。だから当然、攻撃に全力を出せる訳で、その状態を前提として訓練しているのだから生身であっさり負けても仕方ない。実際、今回の中で剣を体に受けてもいいという前提なら返しようがあった場面は何度もあった。体を剣で守ろうとしたから負けたといっても過言ではない……とセイネリアが言った事はそれを指した訳だが、勿論、向こうはそこまでの意図を理解して更に屈辱に震えていた。それがただの『言い訳』だと分かっているから、彼は悔しさを露わにして地面に爪を立てる。 「あの、方なら……それでもこんな無様な事にはならなかったでしょう」 下を向いたまま噛みしめるように言い捨てたその言葉にはセイネリアも笑みが湧く。 「それは当然だ、あのジジイはもともと鎧なぞ着ていない戦い方をしていた人間だからな」 「私だって、きちんとした鎧はあの方に習ってからで……」 「それまではまともに剣一つ振り回せなかった貴様と比べてどうする」 ザラッツは口を閉じる。セイネリアは剣を鞘に納めた。 「まぁ次は互いに鎧を着てやればいい……と言っても当分は無理だな、俺はお前のようにご立派な鎧を持っていない」 「皮肉ですか?」 「そう聞こえたなら、お前自身が自分の能力が装備に見合っていないと認めたということになるぞ」 そこでまたザラッツが歯を噛みしめて黙ったから、セイネリアは今度は背を向けて部屋へ戻ろうとした。だが、いまだに顔を上げる気配もない男に、そこから歩き出す前に最後にもう少しだけ言っておくことにした。それはその時のセイネリアにとって、ただの気まぐれというか、気の迷いの類であったが。 「偉そうな講釈ついでに、余計だろうが教えておいてやる。俺が貴様のモノマネ芸を馬鹿にしたのはな、元の完成形だけをマネて、どうしてその動きになったのかという部分がまったくお前の中になかったからだ。その動きをマネても研究していない、理解していない。ただあのジジイの動きが最高と考えて無条件で肯定してマネているだけだから、その動きが持つ理由をきちんと分かっていない、自分に向いたように変えられないんだ。だから型から外れたことをされると対応出来ない、形だけはご立派でも中身がないスカスカの動きでしかないんだお前は」 騎士はそれにも何も返さなかった。ただ、反論や無様な言い訳などしてくる訳でもないから、まだ見込みはあるかもしれないとセイネリアは思う。 正直、親切に言い過ぎたかとも思う部分も大きいが、セイネリアは純粋に、ただの貴族の馬鹿息子がここまでになったザラッツのその執念は認めていた。ならばこの男にある程度のきっかけをやれば――化けるか、それとも変わらないか、それには興味があった。 「カリン、部屋に帰るぞ」 声を掛ければ、彼女は即返事をして傍にぴったりとついてくる。 セイネリアはザラッツを無視してそのまま歩き出したが、彼がそれに声を掛けてくる事はなかった。 --------------------------------------------- |