黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【30】



 その後も、騎士ザラッツが選ぶ道は徹底して『盗賊が出やすい道』ばかりで、そのおかげか面白いように盗賊共にぶつかった。流石に最初の盗賊くらいの大所帯はいなかったが、奴らを除いて合計で4組、16人の盗賊を殺して10人程を逃がした。逃がした連中は基本投降してきたもの達で連れて帰るのが面倒だからそのまま放しただけに過ぎない。彼らにはたっぷり脅しをかけておいたから、少なくとももうこの周辺で盗賊を続ける事はないだろう。それにセイネリアの戦いぶりを見せつけているから、他の連中にその恐ろしさを宣伝しておいてもくれる。
 名を売るのはデメリットも当然あるが、それより名前だけで雑魚避けが出来るというのは大きい。腕も脳もない下らない連中の相手などしなくていいにこしたことはなく、雑魚相手の仕事なら戦わずして終わらせる事が出来るようになる。
 雑魚を直に相手しているようではいつまでたっても自分の価値が変わらない、自分も雑魚のままになる。なにせセイネリアの目指すものは、自分という人間により高い価値をつかみ取るとなのだから。

「少々、貴方と私だけで話がしたいのですが」

 盗賊退治の仕事もそろそろ終わりが近づいてきた頃……騎士がそう言ってきたのはグローディ領に入った次の日の夜の事だった。この辺りまでくれば砦が近い為もう盗賊も出ないだろうと見てのことだろう。セイネリアは了承の返事を返して、たき火の傍を騎士と離れた。

「私に、いろいろ言いたい事があるのではないでしょうか?」

 この辺りでいいか、と確認した途端そう切り出してきたザラッツに、セイネリアは無表情のまま尋ねた。

「俺が聞きたい事などお前自身分かってるだろう?」

 言えばザラッツは人の良さそうその顔で苦笑して、そうですね、と呟いた。その動作だけならやはり真面目な好人物には見えるが、それだけの人物ではないことは既に分かっていることだ。

「そもそものこの仕事は貴方の実力を見るためのものでした」
「それは分かっている」
「でしょうね」

 騎士は変わらぬ人の良さそうな笑みを返してくる。

「でもグローディ卿には本当に貴方への礼代わりの仕事依頼として提案しています。我が主は貴族の割には善良な性格の方ですので本気で貴方に感謝しているんですよ。ですから、貴方の実力を見たくて企んでいたのは私です。我が主には『ついでに放置していた盗賊をいくつか潰させてきます』くらいには言ってありますが、まさかそちらの方が主目的だとは思ってもいないでしょう」

 その程度は想定内で別段怒る事じゃない。だがそれをグローディ卿に言ったのがこの男なら予想出来ることがある。

「まぁそんなところか。……大方、冒険者を囮にして化け物退治をしようと賞金を懸けるように提案したのも貴様だろ」
「……分かりましたか、流石です」

 ザラッツは僅かに驚いた素振りを見せたが、十中八九演技だろう。

「それで、貴様が俺の実力を見たかったのは……槍の主としてその力を確認したかった、というあたりか」

 騎士はそこでにこりと笑う。その笑みだけを見れば育ちのいいおだやかな男に見える。

「はい、そうです。槍が選んだのですから確かだとは思いましたが……やはりこの目で見てみたかったのです、あの方の後継者を。……本当にナスロウ卿は素晴らしい方でした、腐った騎士団の膿共を非難し、それでもだめだと分かると見どころのある者を鍛えて下の意識から改革しようとしました。上層部はあの方を勇者として対外的には持ち上げましたが、団内部ではあの方を孤立させてやれる事を奪っていったのです」

 まるで信者だな、と思いながらうっとりと遠い目でありし日のナスロウ卿を思い出す男をセイネリアは冷ややかに見つめる。ただこの男の口ぶりからすれば、セイネリアが知りたかった事がいくつか聞けそうではあった。



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