黒 の 主 〜首都と出会いの章〜 【7】 「さて、連絡は行ってる筈だな」 辺鄙な森の中にしてはなかなかに立派な屋敷の前まで来たセイネリアは、やたらと背の高い門に手をかけ、勝手にそれを開けた。貴族の屋敷には、大抵門や塀には簡易結界のような魔法が施してある為、人が来たことはこれで分かる筈だった。 思う通り、程なくして屋敷の正面扉が開き、恭しく礼をした使用人と思われる男が現れた。 「シェリザ卿紹介のセイネリア様、でいらっしゃいますね」 服装は使用人としてはそれなりに立派で、物腰は優雅と言ってもいい。おそらく使用人筆頭か何か、使用人の内でも古参の地位ある者だと思われた。 「そうだ、紹介状はこれだ」 セイネリアが放り投げた紹介状を受けとって、使用人の男は再び頭を下げた。 「では、主に伝えて参ります。セイネリア様の案内はこちらの者に任せますので、主が準備出来ますまで部屋でごゆっくりおくつろぎ下さい」 立ち去る男と入れ替わるようにして、男の後ろにいたメイドらしき女が前に出てセイネリアに礼をする。こちらも古参らしい年輩の女は、慣れた様子でセイネリアについてくるように言って歩き出したが、ちらとこちらに向けた目には嫌悪感に近いモノが見えた。今までにも従者希望の連中が何人もこうしてきている事を考えれば、向こうにしてみればまた胡散臭いごろつきがやってきたのか、といったところなのだろう。 確かに、ロクでもないごろつきにしか見えないとはセイネリア自身思うところだった。一応シェリザ卿に雇われている手前、アガネルの弟子時代よりは随分マシな格好をしてはいるが、そもそもそこまで格好を気にする方ではない。黒い装備に黒いマントと全身黒ずくめな事もあって、いかにも暗殺者というように見えたとも考えられた。 部屋につくとセイネリアは、言われた通りすっかりくつろいだ様子で背もたれに両腕を掛けて長椅子に座り、足を組んで部屋をじっくりと眺めてみた。 貴族の屋敷とはいっても無駄な家具や装飾品はなく、部屋は殺風景といっても良いくらいだった。ただ部屋の掃除は行き届いていて寂れた様子は見えないし、少ない家具である椅子やテーブル、小さな戸棚は、華美ではないが作りはいいものばかりだった。それはここの主が金がないというよりも貴族らしい贅沢に興味がない人物だからだと予想出来た。 「古くさい騎士、という話だったからな」 その言葉通りの男らしい、とセイネリアは唇を楽しげに歪めた。これなら実力の方もボーセリング卿の言葉通りに期待できそうだ。やるからには勝つもりだが、負けても強い男から学べるならそれはそれで悪くないと思う。最終的に勝てればいいのだ、例えそれが今ではなくとも。 勿論、勝負を装って殺されるのはこちらの方かもしれない、という事も十分セイネリアは承知している。そうなった場合の覚悟に至っては、随分と昔から変わらず出来ている。 つまり、そこで死ぬなら、自分はそこまでの人間なのだと。 この家の主であるナスロウ卿の準備とやらは相当に掛かるらしく、セイネリアはその後も待たされ続けた。途中、部屋に案内をしてくれたメイドが入ってきて茶と菓子を出しては行ったが、必要最小限しか口は開かず、セイネリアも特に何も聞かなかった。 やがて、窓の外では日が沈みだし、部屋のランプ台に明かりの入ったランプを置きにまたそのメイドがやってきた。更にそれからまた少したって、今度はそのメイドは夕食の準備が出来たから食堂についてくるようにといった。 予想通り、食堂にもナスロウ卿の姿は見えず、セイネリアは一人で出されたモノを何も言わず食べた。食事が終われば湯浴みに連れて行かれ、最後は寝室に案内されて『主は明日会うそうです、おやすみなさいませ』と言われてその日はそれで終わってしまった。 そこまでの間、セイネリアはただ黙って従い、会うほかの使用人達にも別段声をかけたり等しなかった。 どうせわざとやっているに違いないのだ、聞く必要もない。せいぜい言われた通りにくつろいでやるさと、そのまま大人しくベッドに入ってその日は大人しく寝る事にした。 次の日、らしくなく昨夜早く寝たセイネリアはその分早く目が覚めた。途中、誰かの気配が近づけば起きる筈であるから、昨夜は本当にただこちらを放置したらしい。外は朝靄に白く霞んでいるものの晴れてはいるらしく、早起きの鳥達の囀りが遠くから聞こえていた。 窓から外を覗けば人の影が見えて、セイネリアは一瞬だけ考えた末に服を着た。 外に出るなとはいわれてないのだから出たとしても文句を言われる筋合いはない、と装備まではつけずに首都から持ってきた大斧だけを持ってセイネリアは屋敷の外へ向かう。屋敷は立派ではあってもそこまで広いという訳ではなく、ついでに正面扉には鍵がかかっていなかったので迷う事もなく案外あっさりと外へ出る事が出来た。勿論、途中で誰かに見つかって咎められたという事もなかった。 窓から見えていた人の影を追って庭の中を歩いていけば、おそらくここの主の訓練用らしいただ広いだけの場所に出る。地面を見ればところどころ抉れていて、これは剣を振る時の踏み込みの跡だろうかとセイネリアは試しに足を合わせてみた。ならば多分、と辺りを注意深く見渡したセイネリアは、澄んだ空気の中に人の気配を見つけてそちらへと足を向けた。 --------------------------------------------- |