黒 の 主 〜首都と出会いの章〜





  【27】



 ナスロウ卿の顔には笑みがある。セイネリアの顔にも笑みが自然と湧く。
 相手の目を見て、剣を握り直す。相手もまた握り直したのか、ぎり、という音は手元と遠くから同時に聞こえた。息を整え、それから静かに呼吸のタイミングを計って足を動かす。ざり、という音を残して、セイネリアは再びナスロウ卿に向かって駆けた。
 今度はその勢いを乗せて、ただ剣を力一杯振り落とす。そうすればナスロウ卿は受けてから払い流す。それをあえて気にせず、即座に角度を変えてまた剣を振り下ろす。当然また受けて流されるが、力を込めたその剣を受けた時、ナスロウ卿の顔は一瞬きつく顰められた。だからこれは受けられる事に意味がある、身長差的に普通にセイネリアが上からになるから、振り下ろせば力の入りはこちらが優位だ。だからただ剣を振り下ろす。何度も、何度も、相手に受けさせて、疲労を誘う。

「くっ……」

 何度目かの剣を受けた時、腕が痺れたのか剣を受けた後にうまく流せずナスロウ卿は受けたまま体をしずませた。だがそれで更にこちらが押し込もうとすれば、老騎士の剣ががくりと下がってそれと同時に彼の体は後ろへと逃げた。

「……は、はは……まったく、本気で、力と体力だけは……ある」

 どうにか距離を取ったものの、ナスロウ卿は笑いながら肩で息をしていた。

「行儀よくやったら今の俺じゃあんたに勝てない。ならこちらが勝てる部分で勝負するしかないだろ」
「そうだな……そう考えて割り切れるところが……本気でやった時の、お前の……怖さだ」

 肩で息をしていたナスロウ卿は、だがそう言い切ると構えを取る。その時にはもう息を乱してはいない。じっと見据えてくる瞳を受けて、セイネリアもまた剣を顔の横に上げて構えを取る。

「楽しいぞ、セイネリア」

 言うとナスロウ卿が走ってくる。今度は受ける側に回ったセイネリアだが、その剣を受けた後、逆に絡めとられて下に引き落とされる。そうして次に腕に返った手ごたえに、セイネリアは表情を変えぬまま舌打ちをした。

「は……ぐ……」

 倒れ込んでくるナスロウ卿の身体をセイネリアが受け止める。老騎士の手から落ちた剣が地面に落ちて土の上に刺さる。

「わざとか」
「そうではない、流し切れなかっただけだ、お前が勝っただけの話だな」
「ふざけるな、俺に勝たせようとするならもう少し上手くやれ、後味が悪い」
「……すまんな、お前相手にそこまでの余裕がなかった……これは本当だ」

 そこで笑った老騎士の体を、セイネリアは地面に下して横たえてやる。腹の傷は今ここにリパ神官がいれば治せなくもないだろうが、使用人の中にそんなものがいるとは聞いた事がないし、それ以前に本人が助かる事を望まないだろう。

「なぁ、やっぱり……俺の息子には、なって……くれ、ないのか?」
「あぁ断る」

 きっぱりとまたそう返せば、老騎士は寂しそうに笑う。
 それでもその顔はどこか清々としたものがあって、口元の笑みは悔やむよりも自嘲に近いものがあった。

「そうか、やはりな。だが……なら……ここにあるものはなんでもくれてやる、から、代理後継者になってくれ、いつか……お前が気に入った奴にでも……ナスロウの名をくれてやってくれればいい」
「何もいらん、と言っても、それを断ったらさすがに恩知らずか」

 セイネリアが嫌そうに顔を顰めると、ナスロウ卿は軽く咳をし、血を吐き出すものの、こちらを揶揄う時のような意地の悪い顔で笑う。

「あぁ、酷い恩知らずだ」
「……仕方ない、それは承知した」

 そうすれば騎士団の勇者であった老騎士の表情は柔らかな微笑みへと変わり、安堵の息を吐きながら目を閉じた。




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