黒 の 主 〜首都と出会いの章〜





  【24】



「成程、やっぱりお前は面白い奴だ」

 完全に諦めた様子でまたグラスの中の液体に瞳を戻した老騎士は、酷く疲れた様子でため息を付いた。彼の瞳からあの鋭い眼光が消えれば、一気に年相応の老人に見える。

「今のあんたが楽しくなさそうなのに、同じ道を行きたいとは思えないな」

 冗談めかしてそう言えば、かつて勇者と呼ばれた男は自嘲の笑みを浮かべながらもセイネリアを睨んでくる。

「まったく、痛いところをついてくる。小憎らしい若造だ」

 それをこちらが笑って受ければ、ナスロウ卿も笑って手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干す。それを見たセイネリアが、瓶を持って現在の師のグラスに注いだ。

「俺なぞに声を掛けるくらいなら、今からでもがんばって子供を作ったらどうだ」

 注がれたグラスに口をつけていたナスロウ卿は、そこで思わず吹きだした。それから咳き込んで、目を大きく開いてセイネリアを睨んだ。

「お前、俺をいくつだと思ってる、子供どころか孫がいないとおかしい歳だぞ」
「向うは若いんだ、なんの問題もない」

 すましてセイネリアもグラスの中身を空ければ、ナスロウ卿はまた驚いた顔をして、それから顔を手で覆って大きくため息をついた。

「……気づいていたのか」
「当然だ、あんた達二人共顔に出過ぎだ」

 セイネリアがまた瓶を持って、今度は自分のグラスに注いでいれば、老騎士はテーブルの上で完全に頭を抱えていた。

「いくらなんでも歳が離れすぎてる」
「貴族のじいさんが若い後妻を取るのは別に珍しい話じゃないだろ」
「それでもあまりにもな……養女に、ならまだしも」
「まぁあんたが自分を騙して養女にしてやるのもいいさ、だがそれこそ後悔するんじゃないか?」

 好きな女を娘として育てるなど、滑稽すぎるが本人がその方がいいというならセイネリアがどうこういう話ではない。その気はないのか、その勇気がないのか、どちらだろうなと思いながら、セイネリアは頭を抱えたままの師をちらと見て酒を喉に流し込んだ。

「初めてだったんだぞ。初めて……一人の女性の為に何かしてやりたいと思った」

――騎士として立派になろうとして、ひたすらお堅く生きてきた男の初めての恋、という訳か。

 これは本当に喜劇だな、と思いながら、セイネリアはこの物語の最後が見えて苦笑する。恩の分くらいは返してやろうと思ったが、どうやら悲恋の物語というラストは決まってしまったらしい。

「おかしいだろ、これでも若い頃はあちこちの貴族から娘を貰ってくれと言われたんだぞ。……なのにな、誰も彼も綺麗なだけの人形ばかりで結婚なんてする気になれなかった。だからいっそ、俺もあの人のように見込みのある人間を跡取として養子に取ればいいだけだと思ってな」

 成程、根っからの戦士だった男には貴族のお飾り人形には興味が湧かなかったという話か。それなら暗殺者の女に惹かれるのも理には適っている。

「せめてあと20歳若ければ、全てのしがらみから彼女を開放してやると約束出来たのだがな」

 その言い方なら、やはり彼女の正体をナスロウ卿は分っているという事だろう。分っていて彼女を娶るという選択肢を選ばないなら……彼の取るだろう選択肢が予想出来て、セイネリアはそのばかばしさを鼻で笑った。

 そしてそれは、その直後にナスロウ卿の口から現実となる。

「なぁセイネリア。お前はやはり実践でないと本気になれないタイプだろ。なら、そろそろ一度また本気でやってみないか」

――まったく、融通の利かないジジイというのは皆、考える事が決まっている。



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