黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【6】



「野郎っ」
「殺してやるっ」

 仲間が殺された事で殺気立った連中は、狂ったような大声を張り上げて騎士にとびかかっていく。
 最初に剣を弾かれた男が再び剣を振り上げ、三人目の男が鈍器のようなものを振り上げて飛び込んでいく。だが、それを騎士が後ろに退いて避ければ、同士撃ちをしそうになった彼らは大慌てで距離を取った。
 例え三対一だったとしても、所詮、ただのごろつきと世に認められた騎士とでは、その程度の数の優位で埋められない圧倒的な実力差があるのは明らかだった。

 だが、騎士にとっての誤算だったのは、この戦いを三対一だと思っていたのは騎士だけで、襲った男達からすれば四対一だったという事だ。

 攻撃を躱し、後ろに退いた途端、騎士は叫ぶ。
 最初は、驚きとその痛みに。それから彼が発した言葉は、男達の笑い声に紛れて聞き取り難かったが、多分、『何故』だと思われた。
 騎士の後ろには騎士と話していた男がいた。けれどその男の正体は襲ってきた連中の仲間である事をセイネリアは知っている。
 男に後ろから刺されてすぐ、騎士は叫びながらも体を捻って男を振り払うと、すかさずその男を刺し貫く。だから次に聞こえたのは刺されたその男の悲鳴で、倒れそうにぐらりと揺れたのもその男だった。
 剣を振り回すよう乱暴に抜けば、ぐしゃ、とただの肉塊となった男の死体が地面に転がった。

 この男からの不意打ちが、あの連中にとっては騎士に対する奥の手だった事は間違いない。だが逆を言えば、それで騎士にとどめがさせなかった時点で男達の企みは失敗という事になる。

 そう判断するくらい、セイネリアから見て、騎士の怪我はそこまで深くないものに思えた。刺された短剣はすぐに落ち、そこまで深く刺さったものではないように見えた。
 だが、残りの二人に向き直って何事かを叫んだ騎士は、先ほどのように構える事が出来なくなっていた。重い長剣を右手に持つものの剣の切っ先は地面についたままで、左手は右腕の脇辺りを押さえている。
 騎士の肩が激しく上下に動いているのが分かる。
 足さえ踏ん張りきれないのか、時折がくりと片足から力が抜けて、騎士の上半身が振り回されたみたいにぐらんと大きく揺れる。
 残った二人の男達が、ゆっくりと、両脇から挟むように騎士に近づいていく。その姿は怪我した得物を狙うハイエナのようだった。

 セイネリアは考えた。

 彼は最初から、奴らのやりとりに手を出す気はなかった。
 ここへきた当初の目的はあの男達が何をするのかを確認する為だが、ここにずっといる理由は騎士の戦いぶりを見る為だった。いくらあの騎士が立派であり、卑怯な手で命を落す事になったとしても、別にセイネリアがそれに思うところは何もない。結局は騎士の敗北は騎士自身の油断が招いた結果であり、後は運が悪かったとその程度の事だ。騎士に同情する気なぞさらさらない。

 けれども、それで生き残った二人の総取り、という結末は面白くないではないか。
 だからセイネリアはそこで叫んだ。

「神よ、その慈悲深き光をっ」

 それは、リパ信徒の光の呪文だった。
 勿論セイネリアはリパ信徒ではないし、当然、呪文を唱えたところでその術を使える筈もない。
 だから、セイネリアは代わりに、その術がこもった石を投げる。先ほど露店街で買ったばかりの、外に出かける冒険者なら誰でも知っている魔法アイテム――リパの光石。一般的にはそれで通じる魔法石は、衝撃を受けると込められた術が解放され、眩しい程の光を放つ仕組みになっている。光るのはほんの一瞬だけではあるが、目くらましには丁度良く、動物避けによく使わていた。
 石の名、その効果だけなら、冒険者ならまず皆知っている。けれども街から出る事もない冒険者とは名ばかりのごろつきでは、リパの神官と組んだ事などないだろうし、リパ信徒である可能性も皆無に近い。セイネリアも、娼婦のくせにリパの信徒などという酔狂な女と話した事がなかったら呪文の事など知らなかった。

 だが、リパ信徒であるあの騎士なら確実に知っている。

 呪文はあの騎士に掛けた言葉であり、これから何が起こるのか、リパ信徒ならば分からない筈はなかった。光の術はリパの神殿魔法でも初歩のもので、神官でなくても信徒なら大抵使える術の筈だった。
 石を投げると同時に、セイネリアは目を閉じる。
 その間に、あの騎士のものではない何者かの悲鳴が響く。おそらく騎士は目を閉じて、光に狼狽える男を斬ったのだろうと思われた。
 ところが、光が収束してセイネリアが目を開けて見たものは、目を押さえながら悲鳴を上げて逃げ去っていく一人の男の背中と、地面に倒れているその男の三人の仲間、そして最後に倒した男の上に倒れ込む騎士の姿だった。
 逃げた男が帰ってこないだろうことを確認してセイネリアが転がる彼らの傍へと出ていけば、騎士は既に絶命していた。
 死んだ男達の懐から金目のものを抜きながら、ふと思い立ってセイネリアは騎士を刺した男の傍に転がっていた短剣の匂いを嗅いでみた。予想通り、妙な異臭と、短剣についた血が僅かに変色している様を見れば、それには毒が塗ってあったのだろうというのが分かる。
 つまり、騎士の直接の死因はこの毒の所為なのだろう。

「運がなかったな。……まぁ、アンタくらいに強くても、ここまでの人間でしかなかったという訳だ」

 動かない騎士を感情のない瞳で見下ろして、セイネリアは呟いた。
 騎士は強かった。素人目で見ても、その動きには無駄がなく、ごろつき四人など相手にならないくらいの、熟練の技だと分かるくらいの腕があった。ここまでになる為に、この騎士が相当の経験と鍛錬を積んできというのは予想できる。
 けれども彼の人生の結末は、こんな汚い場所でつまらない死を迎える事だった。
 輝かしい称号を手に入れながら、こんな全く意味のない死を遂げる事など、彼自身思いもしていなかったろう。目を剥いて血の泡を吐きながら歯を噛み締める騎士の顔はまさに憤怒の形相で、どれ程この死が彼にとって無念だったのかは即座にわかる。
 セイネリアの口元がふっと笑みに歪んだ。

「……そうだな、逃げた一人は俺がその内殺しといてやる。それと、さっきの石の分を足して代金だとでも思ってくれ」

 言ってセイネリアは騎士の体を転がして、その鎧を外そうと手を掛けた。


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