黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【5】



 幸い、というべきか、セイネリアの打撲は主に腿や腕に背中、横腹辺りに集中していて、顔は多少の頬の腫れ程度で済んでいた。服で隠せる場所は痛みさえ我慢できれば問題なく、顔もこの程度ならどこぞの親父に殴られたと言ってしまえばいい。冒険者なんていう荒事の得意な連中が街を闊歩しているだけあって、ちょっとした怪我をしている人間はこの街では珍しくなかった。
 昨日は、転がりこんだベロアが面白がって包帯を巻いた所為で外に出れなかったセイネリアだったが、彼女も一日遊べば気が済んだようで、セイネリアはまた、東門近くの露店街を歩いていた。
 いつか強くなるという目的は別として、現状、余りにも無力な自分をどうにかする為、多少の準備はしておくべきだろうと露店の品を見て歩く。

 冒険者、といえばやはり腕に自信のある者がなる事が多く、ただのごろつきや腕自慢達が識別上『戦士』として登録している事が圧倒的に多い。
 だがこのクリュースは、周辺諸国で唯一魔法使いを認めている国でもある。他国では忌み嫌われ、迫害さえ受けている彼らは、この国ではただの特殊技能持ちの一般人でしかない。
 だから街を歩く冒険者の中にも、いかにも魔法使いといったローブを着て杖を持って歩いている人間を普通に見かける事が出来た。
 彼らが冒険者として仕事の場に現れる事は稀だが、魔法を込めた品を作り、冒険者達に売って生活やら研究資金にしている者は多くいた。更に、クリュースの国教である三十月神教では神官はその仕えた神の力に対応した神殿魔法を使える為、彼らもまた、ちょっとした小遣い稼ぎや資金調達の為に術を込めたアイテムを作って売っていた。
 そんな魔法の品々は、もちろん冒険者の仕事上で便利であるため、ある程度の資金がある者は常備するのが常識となる程に普及していた。そしてまた国外からの商人達が、ここクリュースでしか堂々と手に入れられないものとあって、こっそり買っていくことも多かった。

 今、セイネリアが歩いている通りは、その手の魔法アイテムを専用に売る露店街であった。

 武器や防具、食べ物や一般商品を売る通りからは一本裏に入る通りとはいえ、こちらの露店街もまた、いつでもかなり多くの人で賑わっていた。ただ、表とは違って声を出して品物を売るような者はまずいない為、人は多くても通りは静かで、どこか怪しい雰囲気はあったが。
 並ぶ怪しい品々、表とは違いぼそぼそと交渉する人々を見つつ、セイネリアは道を歩く。
 買い物をしようとは言っても、セイネリアに残された資金は多くない。
 何か仕事を探す事も考えているが、焦って目についた仕事に飛びつくのではなく、まだ資金があるうちに後々役立ちそうな仕事にあたりをつけたいと思っていた。
 出来れば今は、この貧弱な体を鍛える為に体力と筋力が付くような力仕事がいい。だがその手の頭がなくても出来る仕事は奴隷商人が化けの皮を被って募集している事が多く、見てすぐ飛びつくのは危険だった。なにせこの街で生まれ育ったとはいえずっと裏街の方にいたため、表通りの事に関して疎いのはセイネリア自身自覚がある。
 とりあえず、身を守るのに役立ちそうな最小限の買い物をして、東門の周辺通りを歩いて回っていたセイネリアは、そこで偶然、見つけた男の影に思わず身を隠した。

 それはつい2日前、セイネリアから金をとった、盗賊まがいの連中の一人だった。
 頭に焼き付けた顔の一つに間違いはない。

 男は、妙にきょろきょろと辺りを警戒し、しかも頭からすっぽりフードを被って、明らかに顔を隠そうとしていた。どうみても何か企んでいる最中だと思ったセイネリアは、一度考えてみた後、結局、男を付けてみる事にした。
 勿論、無理はしない。
 だが、彼らのねぐらを見つけられれば後々利用できるかもしれないし、何かヤバイ事をするのであれば邪魔をしてやることが出来るかもしれない。こちらで手を出せないようなら警備隊に知らせるだけでいい。
 無理はしないから十分に距離を取り、他の連中とかち合わないように付けながらも辺りを警戒する。特に、逃げ道は確保しておかなくてはならないから、人の多い通りへの最短距離だけは頭に叩き込みながら男の後をついていく。
 やがて男が足を止めた場所は旧住宅が並ぶ相当に狭い通路で、建物の老朽化が激しすぎてもう殆ど人が住んでいない地区だった。そしてそこへ入った男を待っていたのは、同じくあの日見た、ただの冒険者としては立派な恰好をした騎士の姿だった。知り合いか、と最初はそう思ったセイネリアだったが、それはすぐに違う事が分かる。
 付けてきた男と騎士が話し出した途端、待っていたように道に面した家の扉が勢いよく開き、いかにもごろつき風情の男が三人現れた。顔は位置的によく見えないが人数的に合うため、おそらくはあの時の四人組の他の者達だろうとセイネリアは思う。

「よぉ、騎士様、何のお話してるのかなー?」
「いっくら騎士様でもこの街は危ないんだぜぇ、こんな人のいないとこに一人で来ちゃいけねぇよ」

 声でセイネリアは確信する。男達はこの間の連中に間違いない。

「何者だ、貴様達」

 騎士は咄嗟に話していた男を庇い、後から飛び出してきた三人に向かって剣を抜いた。見ただけでかなり上等な品だと思える長剣は、だがここで使うには場所が悪いというしかなかった。あの立派な長剣を振るにはこの場所は狭すぎて、騎士にとってはかなり不利な状況に見えた。

「こういうとこ来ると何が起こるか、俺達が教えてやるよっ」

 そう言って、騎士に真っ先に斬りかかっていった男が持っていたのも両手剣ではあったが、この手の狭い場所でも比較的使い勝手のいいあまり刀身の長くないもので、柄だけは両手で持てるように長くとってある、いわゆる両手と片手の両用剣だろうと思われた。
 騎士に比べ、ここでも振り易いその剣で派手に斬りつけていった男は、けれども見事にその剣をあっさり弾かれる。騎士はその長剣を思いきり振り回せない分、出来るだけコンパクトに、上手く切り返すように、振るというよりも突き、相手の得物を受けては逸らして弾いていく。

「ちっ、諦めの悪い騎士様だぜっ」

 次に襲いかかった男もまた最初の男と同じタイプの剣が得物で、それも騎士は刀身同士を滑らせるように合わせて逸らし、勢い余って突っこんできた男をそのまま剣で突いた。
 騎士の剣は男の喉付近を貫き、飛び散った血が騎士の銀色の甲冑に赤を塗る。それが他の男達の怒りを煽った。


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