黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【22】



 その日の午前中の見回りは、特に問題も起こらずに終了した。
 森には悪意のある進入者の形跡も見つからず、まだ今は問題の人物も実際に行動に出ていないと彼ら二人は判断する。
 アガネルの居場所は街で聞きまわればこの森の中だというところまでは簡単に知る事が出来る筈だった。だから接触を取ってくるなら然程またずに――すぐにでもやってくる可能性が高い、とセイネリアもアガネルも思っていた。
 すぐに表立って接触してこようとしなくても、森へ下調べか家を探すだけに来ているのではないかと思っていた彼らにとって、逆に何の異常も見つからない事の方が不気味ではあったのだ。
 だが、事態は予想よりも悪い方向に進んでいたことを、彼らは程なく知る事になる。
 午前の見回りを終え、昼食時間を過ぎて午後の見回りへ行き、そこから帰った時――予想外と予定外が重なった所為で、事態は最悪の方向に動きだしていた。





 リレッタがいない。
 彼女は特別に用事がない限り、家の傍を離れることはまず、ない。
 出ていくなら出ていくで必ず書き置きを残しておくというのが父親との約束になっていて、今まで彼女がそれを破ったことはなかった。
 となればもしかして……と思うのは当然の事で、帰った途端、彼女がいない事が分かったアガネルの表情は強張る。

「誰かがリレッタを連れていったとしたなら、森から迷う事なくここへ来て、結界に引っかかる事なく家にまで来たとなるが……可能か?」

 セイネリアが聞けば、険しい顔をした男は唸る。
 この家には隠し部屋として地下に倉庫がある。結界は人間を防げないものの、対応する護符を靴に入れていない人間が中に入れば、リレッタが身につけている腕の紐が切れて彼女に知らせるようになっていた。結界内に誰かが入ったなら隠し部屋に行けと彼女はいつも出かける時に言われていて、その通りにしたのなら地下へ行った筈だ。だがセイネリアが見てきたところ、地下の部屋は何者かが無理に入り込んだ跡どころか誰も入った形跡がなかった。つまり、結界内に何者かが入った事が彼女に伝わらなかったとセイネリアは思ったのだ。
 だが、アガネルはそのセイネリアの言葉に首を振って答えた。

「結界はあの子にちゃんと知らせたよ」

 そう言って彼が見せたのは、切れた彼女の腕の紐。
 彼女がソレが落ちた事に気づかなかった……とは考えにくい。その紐が切れる時は魔法が流れる、それに気づかなかった筈はない。

「ならリレッタはあんたに言われた通りに、地下の部屋に行かなかったんだな」
「……多分な」

 アガネルの声には苦々しい響きがある。
 だがそれで、セイネリアはふと思う。彼女が部屋に隠れなかった理由が、自分は冒険者としてやっていけるだけの技量があるのだと、セイネリアに見せつけるつもりだったという可能性があると。

――全く、面倒だ。

 だがそう言っているうちにアガネルの持っていた紐がピシリと小さな火花を散らす。直後に外に人の気配を感じて、二人は黙って顔を見合わせた。

「客らしいな」

 言ってセイネリアが肩をすくめれば、間抜けな程軽いノックの音が聞こえてくる。
 トントン、トントンと軽快な音が何度か響き、そして止まる。

「アーガーネール、帰ったんだろー。迎えに来てやったんだぜー」

 アガネルは反応しようとするセイネリアを手で制して、声のする扉の方へと顔を向けた。
 その顔は静かな怒りに満ちた、確かに強い男の顔だった。



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