黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【19】



 翌日、セイネリアは昨日の戦利品を売るために街に出ていた。
 東門からラドラグスの街に入ると、まず目に入るのはこの街の冒険者事務局。どこの街でも冒険者相手の商売は盛況で、ここから街の外周を走る通りには北門までびっしりと露店達が並んでいる。
 遠くからでも見える高い塔は街の中心にあるリパ神殿の塔で、そこを境にして街は北区と南区に分かれて街の顔ががらりと変わる。
 北区は冒険者や街の外から来た者達向けの店、神殿等の公共施設が多くあって、昼間は賑やかではあるものの夜になると人通りがほとんどなくなるのが特徴だった。また、領主の住居があるのも北区内の西側の一角で、その周囲には裕福な者達の屋敷がいくつか並んでいた。
 対して南区は住宅街で、中でも西よりの地区には一般市民が住んでいるのだが、セイネリアがいた娼館のあった色街は一番南東にある地区で冒険者事務局周辺に多くある宿屋街から南へ抜けたところにある。……まぁ、別名裏街と呼ばれはしていても、冒険者達が夜やってこれるようにそこそこ宿屋街からは近く、別段隔離された場所という訳でもない。

 冒険者事務局のある東門の傍には当然冒険者向けの商売人が多く店を構え、その中の一つからセイネリアが出てきた時には、空は既に夕刻も終わりといえる暗さになっていた。
 この時間から森の小屋に帰るのは面倒だ。
 これなら仕方ないかと、セイネリアは南に向かって歩き出した。

 ガルカタは指定害獣になっている為、退治をした印を冒険者事務局にもっていけば冒険者としての評価ポイントが手に入る。
 とはいえセイネリアはまだ冒険者登録が済んでいないため、今は事務局に記録を残しておくだけで、そのポイントが欲しいのならば冒険者登録をした後にまたここの事務局にこなくてはならないらしい。
 面倒な話だ、と思いつつもそれが決まりならば従うしかない。
 提出したガルカタの嘴と羽根はそのまま事務局でも一括で買い取ってくれるが、その品物自身を扱っている商人に直で買い取りをしてもらった方がもちろん高く売れる。
 今日はアガネルの指示通り、嘴は事務局で売って、羽根だけは言われた店へ持ち込んで買い取ってもらった。
 ここまで遅くなったのはただひたすらに事務局の手続きに時間がかかったからで、買い取り自体はそこまで時間が掛かったという訳ではない。ただ、店の親父はアガネルの冒険者時代を知っているという事で、アガネルの若い時の話を聞いたりした分は更に時間が掛かってしまったが。

 南へ向かって歩いていけば、並ぶ宿屋達は少しづついかがわしい店作りに変わっていって、いかにも怪しい雰囲気の、看板のない店達が目立ってくる。
 セイネリアは迷う事なく、その中でも入り口の薄暗い一つの店の中へ入っていった。






「あら、久しぶりじゃない、坊や」

 客案内の男にチップを握らせれば、顔見知りの男は何も聞かずに知り合いの女の部屋へ通してくれる。客を取る時間としては早い事もあってか女は部屋の中にいて、セイネリアをみると喜んで抱きついてきた。

「悪いんだがベロア、今晩泊めて貰いたいんだ。この時間から森に帰るのはさすがに危ないだろ」
「あら、アガネルの下について相当強くなったんじゃないの?」

 甘ったるい匂いをさせた女は、その匂いのようにねっとりと甘い声で言ってくる。

「それでもまだ俺はガキだからな、夜の森は怖いし、たまに一人寝が寂しくなる。そう思ったらあんたに会いたくなったのさ」

 彼女の胸に抱きしめられたままセイネリアが言えば、女は楽しそうにころころと笑った。

「なかなか口が上手いわねぇ。私たちが鍛えてあげた所為かしら?」

 彼女はかつて、セイネリアの母親と同じ娼館にいた女だった。諸事情で今は別の店で働いているが、彼女がまだ娼婦になったばかりの時に身の回りの世話をセイネリアがしていた時期があって、そのせいで今でもセイネリアを自分の子供か兄弟のように可愛がってくれる。
 出ていった手前、元いた娼館に顔を出す訳にはいかないセイネリアとしては、彼女の存在はかなり都合がよかった。
 アガネルのところに世話になる事になってからは、街の情報収集も兼ねて時折彼女のところへ顔をだしていたのだが、このところ街にくれば隊商探しをしていたせいで足が遠のいていたという事情がある。

「でもアンタが顔出してくれてよかったわ。クーリカからアンタにってちょっと手紙を預かってたのよね」

 言って女はその手紙を探す為にベッドから起きあがった。
 クーリカというのは、セイネリアがいた娼館では一番の稼ぎ頭で頭が良く、セイネリアにいろいろと教えてくれた最初の師とも言える娼婦だった。
 ベロアもまた、向こうの娼館時代に彼女に世話になっていたこともあって、未だにたまに彼女に会いにいっているという事だった。そのためベロアを通してセイネリアはアガネルのもとにいる事を彼女に伝えてもらったし、また彼女からの伝言を貰う事も少なくなかった。

「はい、これね。中は見てないわよ」

 セイネリアがベロアを気に入っているのはこういうところだった。クーリカ程頭は良くないが、自分でもそれがわかっているからこそ好奇心で余分な事はしようとせず、重要な話であればあるだけわざと聞き流す。
 だからこそ、客が彼女につい口を滑らせる、ということも多い。

「クーリカはね、アンタがすっごいいい男になってるっていったら喜んでたわよ」

 手紙を読んでいるセイネリアの横で彼女は髪を結っていた。視線はセイネリアの方をちらともみる事はなく、鏡の自分の姿だけをみている。

「彼女は元気か?」
「まぁ元気っていや元気よ。ただやっぱり歳ねぇ、今彼女にあったらちょっと驚くかもよ、アンタ」

 言われればクーリカはかなりいい歳だ。
 セイネリアがあの娼館を出た時点で娼婦としてはかなり年輩の方に入っていた。ただ彼女の常連客は彼女と寝ることが目的ではない金持ちの上客が多いから、まだ当分はあそこでの地位は安泰だとは思う。

「それじゃ私はお仕事。アンタは勝手に寝てていいわよ、お腹空いてるなら適当にあるもの食べていいから」
「菓子はいらないぞ」
「パンくらいはあったんじゃない。まぁ、適当に探してちょうだい」

 まだ手紙を読んでいるセイネリアの頭を最後に軽く胸に抱え込んで、彼女は急いで部屋を出ていく。

 彼女がいなくなった途端に、セイネリアはその表情を険しくした。



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