黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【5】



「お願いします、金を貸していただけないでしょうか?」

 金額的には、余程地位のある保証人でもいない限り冒険者事務局では借りられない金額だ。かといってマトモでない連中に借りればもっとヤバイ目に合うのは目に見えている。……そうする前にこちらに来ただけ、このラダーという男も馬鹿ではないと言えるだろうが。
 勿論、セイネリアなら問題なく出せる金額である。
 ソレズド達はただの自業自得だが、孤児院の方には同情の余地はある。だがセイネリアには彼等を助ける理由はない。むしろモーネスの関係者というだけで断って当然と言えるくらいだろう。
 エルがセイネリアの顔を見てみると、当然だが同情どころか彼の表情は少しも変わっていなかった。

「事情は分かった。つまりそれは、無期限無利子で金を貸してくれということか? それともいっそはっきり『代わりに金を出してくれ』と受け取ったほうがいいのか?」

 ラダーという男は下を向く。返すつもりはあるのだろうが、返せず終わる可能性も高いのは本人も自覚しているのだろう。黙って何も言葉を返せない男に向けてセイネリアの冷静過ぎる声が続く。

「言っておくと、俺にはお前達を助ける理由はない。モーネスには貸しはあっても借りはない。こちらの場合は未遂だったが、俺もお前達に金を返せと言っている奴と同じ立場だ、意味は分かるな?」

 男はやはり言葉を返せない。
 エルの思うところ……おそらくこの男はモーネスにセイネリアを頼れと言われた段階で、セイネリアがモーネスに恩があるとか、親密な関係だったとか、何かしら助けてくれそうな理由があると思っていたのではないだろうか。
 そうして下を向く男に、セイネリアは言葉を掛ける。

「ただし、助けないとは言わない。俺は信用出来てこちらにも益があると思った相手との取引なら受けてやる」

 ラダーはそれで頭を上げた。

「取引、ですか?」
「そう、取引だ。こちらに益があるものをお前が代価として差し出せるなら、金を出してやる」
「……貴方の、益になるようなものなんて……」

 希望を掴んだような顔をしていたラダーの顔は、再び沈んでいく。セイネリアはあくまでも事務的に話していく。

「俺は優しい人間ではないから、同情だけで無償で助けたりはしない。モーネスの言葉通り、相応の覚悟と代価が必要だ。いいか、金銭的な益をお前が俺にあたえられないのは分かってる。だからそれ以外で、俺のためにお前が出せるものを考えろ」
「私が出せるもの、ですか……」

 呆然とする男の顔を暫く見てから、セイネリアは視線を外して言う。

「金を返す期限はいつだ?」
「4日後……です」
「ならそれまでに俺に払う代価を考えて、改めて交渉にこい」

――交渉ねぇ……らしい、けどさ。

 セイネリアに益があるモノ――つまりセイネリアがあってもいいと思えるような何かをこの男が出せるとはエルには思えなかった。とはいえセイネリアが最初から助ける気がなくて無理難題を仕掛けたとは思えない。こうやって相手に考えさせて反応を見る時は、ちゃんと相手の望みを聞いてやる気があるのだとエルは知っている。

 だから暗い顔で男が部屋を出ていったあと、エルはセイネリアに聞いてみようとした。だが、思い切って一歩踏み出したところでセイネリアが先に声を出した。

「カリン、あの男が言った事が本当かどうか調べろ。ついでに、もし期限より前にその孤児院に手を出す奴がいたら脅して追い払っておけ」

 その言葉で、ならやはりセイネリアはあの男を助ける気はあるのだとエルは思う。

「助ける気があるなら、何をしろってのをはっきり伝えてやりゃいいじゃねーか」

 そこで思わず言ってしまった口調がいかにも非難するようになってしまったのは仕方ない。

「それじゃ意味がない」
「なんでだ?」
「自分で気づいて覚悟出来る人間でないと助けてやる価値はない」

 相変わらず厳しい男だと思いながらも、それでも期限前に何か起こらないようにわざわざ手をまわしてやるのだから、セイネリアはあの男がセイネリアの望む代価を出せると思っているのだろう。

「お前に益がある代価とやらに気づくかね」
「おそらくはな。あの手の人間なら、俺に代価として出せるものは一つしかない」
「……何だよ、それは」
「一つしかない、という点で考えてみろ」

――一つしかない、ねぇ。

 そう言われてすぐ思いつくものといえば命だ。確かにこれなら、どんな人間でも払える最大の代価で、勿論最大の覚悟が必要だ。
 だがセイネリアが他人の命をよこせというとはエルには思えない。そんなモノ、セイネリアにとって益にならないし、欲しいとも思わないだろう。

 カリンが部屋を出ていくのを横目で見ながら考えてみたが、エルにはこれだという程決定的なものは思いつかなかった。




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