黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【47】 剣の押し合いはほぼ互角、いや、僅かにボーテが上か。 ただし彼の力は時間が限られている。体に無茶をさせているから疲労の蓄積が大きい。だから強化が切れなくても力を使い続けていれば弱くなっていくのはセウルズと戦った時で分かっている。 ボーテ自身も分かっているから、一度間合いを取って休もうとはしない。弾いてもすぐに剣を繰り出し、無理やり前に出ようとしてくる。当然だが、そうすればずっとボーテ側の攻勢になるため、セイネリアの足は一撃ごとに後ろへと下がっていく。 それでもセイネリアに焦りなどある訳はない。勿論、本当に押されている訳でもない。だがボーテの打ち込みの重さと剣の速さは想定を超えていて、防戦一方であるセイネリアの腕にも重く響いてくる。おそらくこれを受け続けるだけで、剣を持ち続ける事が厳しくなる状況だろう。 ――惜しいな。 ただしそれはセイネリアがマトモな人間だった場合の話だ。残念な事にセイネリアの腕に疲労は溜まらない。いや、溜まらないというより、体の異常だとみなされるレベルになれば勝手に疲労は消えるのだ。このインチキな体のせいで、セイネリアは正々堂々とした命がけの勝負などというものはできなくなってしまっていた。 だから惜しい。 本当ならこれは、もっと心が沸き立つような戦いの筈だった。 ボーテの猛攻は続いている。セイネリアは基本、受けるだけではある。 だがボーテ自身も分かっている筈だった。攻守を逆転させないため、途切れなく剣を繰り出しているせいで動きが単調になっている事を。セイネリアも当然彼の動きのパターンは分かっていたから、仕掛けるタイミングを計っているだけだった。 正面に向けて振り下ろす剣を少し相手に近い位置で受けて止める。そのまま足に力を入れて前に押せば、今度はボーテが一歩後ろに退く事になる。 そうなればそこで攻守が切り替わる。 今度はセイネリアがボーテに向けて剣を繰り出す側になる。しかもセイネリアの方が背がある分、ほとんどの攻撃は上から下に振り下ろす形になり、腕力と剣の重量以上にこちらの攻撃は重い筈だった。それをボーテは受ける、しかも受けるだけではなく押して後ろに下がるまいとする。守勢に回ったら終わりだと思っているのか、受けても押す、こちらの剣を外に弾こうとする。歯を食いしばり、足を踏ん張り、受けるだけでも全力で剣をぶつけてくる。セイネリアがそれで崩れる事はないが、それでも思った以上に相手を押せていないのは事実だった。 ――まさに、力業か。 本来なら受けて下がるところを極力下がらず、力任せにぶつけてきて逆に押し返そうとする。つまり彼は、自分に下がるという選択肢を許していない。 その覚悟は、セイネリアでさえ無条件で称賛したくなる程だった。 「だあぁぁっ」 ボーテが一際大きく叫ぶ。セイネリアに弾かれて上に大きく逸らされた剣先を大きく弧を描いて無理矢理引き戻し、こちらの胴を切断する勢いで腹を斬ろうとしてくる。ただその軌道はセイネリアに見えていて上から剣で叩き落とした。だが彼の力はまたもや少し想定を超えていて、完全に剣を叩き落とせず胴鎧に剣が当たる。勢いはかなり殺されていたから鎧を傷つけるまで至らなかったが、それでも鎧がなければ傷を負っていた可能性は高い。つまり、状況によっては一撃食らっていたという事になる。 ――こうでなくては。 セイネリアは明らかに兜の下で笑みを浮かべた。 正直なところセイネリアは、いくら限界まで強化を掛けたとしてもボーテとの戦い自体にあまり期待はしていなかった。 師であるセウルズが限界までの強化を掛けて期待外れだった事を考えれば、いくらその後死ぬ気で鍛えていたとしてもたかだか一年そこらでその弟子であるボーテが師以上の戦いを出来るとは思えなかったからだ。 ただ当然、完全に見下していた訳でもなかった。セウルズに足りなかったもの……後がないという必死さは、少なくともボーテの方が上だと思えたからだ。 そして今、技術の差よりもその違いの方が自分にとっては脅威になりえるとセイネリアは実感していた。 ボーテの動きは見える、対処は出来る。けれど微妙にこちらの想定以上の力と速さが出ているから完全に防ぎ切れていない。少なくとも黒の剣を手に入れた後なら、今この戦いが一番セイネリアにとって戦っている感覚があると言ってよかった。 だが――だからこそ、惜しくて――悔しい。 ボーテが叫んで剣を前に出す。セイネリアはその剣を受けて止めた。まだ力は十分に入っていたが、微妙に相手の動きは雑になっている。呼吸の音も荒い、流石に疲労が抑えられなくなったようで、肩が大きく上下に動いているのが見てすぐに分かった。 ――ここまでか。 これ以上は体がもたなくなってくる。いくら気力は衰えていなくても、体が壊れだせば最初の頃のような力は出せなくなるのは仕方のない事だ。だからこそそれを惜しいと思う、もう少し彼が最大限の力のまま動けたのなら自分に本気で一太刀入れられたかもしれない。 最初の頃より勢いが落ちた剣を、セイネリアは大きく叩いて横に弾いた。ボーテは今までと同じく、踏みとどまって剣を戻そうとしたが体がそれを裏切る。ガクリと片足が唐突に崩れて、彼は弾かれた剣の勢いにつられてよろけながら後ろへと下がっていった。 --------------------------------------------- |