黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【3】



 セイネリアが少し考えていれば、エルが顔を顰めて聞いてきた。

「どうすんだ、脅した通りの報復すんのか? それともまずは向うに抗議して犯人を差し出せとでもいってみるか?」

 彼は現場にいなかったが、その時の状況は教えてあった。だからセイネリアが、次に何かやったら向うを全員殺しに行く、と言ったのも知っている。

「他への見せしめに団一つ潰すのもありといえばありだが……引っかかるところもある、個人で動いたのか団として動いたのかくらいは確認しておいた方がいいだろうな」
「んじゃ向こうの団長あてにまずこういう事があったがどういうつもりかって抗議文でも送るかね。こっちのクーア神官が見た、って書いていいのか?」
「あぁ、構わない」
「ほいほい。そんじゃ後は向うの返事次第かね」
「そうなるな」

 あの当時ならともかく、今ではこちらの方が傭兵団としての地位も戦力も明らかに上だ。強気で無視など出来ないから、それなりに『誠意ある』ようには見える返事をしてくれるだろう。

「カリン、先に話したアッテラ信徒が多いという連中は、ゼル傭兵団とは関わりがないんだな?」

 わざわざカリンが別々に話してきたのならそう判断していいのだろう、と思った通り、彼女はそこでまた一歩前に出る。

「はい、関わりは見つけられませんでした。というか……嫌がらせをしようとしたと思われる連中には、知人だとか仕事で組んだ事があるとかの分かりやすい接点は見付けられませんでした」

 セイネリアはそこで少し考えた。

「ま、ウチはあちこちから恨み買ってるから、まったく別件で複数のとこから嫌がらせをされてもおかしくねぇといえばねぇんだが……」

 言いながらエルがこちらを見る。だからその先はセイネリアが言葉にする。

「あぁ、偶然にしてはタイミングが合い過ぎてる。何らかの噂をききつけて今ならこちらが手を出せないとでも思い込んだか、恨みがある者同士で手を組んだか……」
「裏で手を組んでいるなら、橋渡し役がいる筈です」

 すぐにそう言ってくるあたり、カリンはちゃんと分かっている。

「そうだな。脅したのに手を出してきた連中がいるところからすると、後ろ盾になろうというそれなりに力がある何者かがついたのかもしれない」
「あー……ウチってかウチのマスターさんには相当恨み持ってる貴族様もいるだろうから、そらあり得る話だな」

 エルは冗談めかして言ってくるが、彼も目は笑っていない。

「カリン、リストしてある連中で、特に怪しそうなのはお前の下から見張りをつけておけ」
「はい、了解しました」
「エデンス、これから仕事にいく連中だが、首都を出て行く時に怪しい連中がついてないか見てやってくれるか? そのまま出発するのがマズイと思ったら一旦団に戻らせる。仕事によっては街を出て行くまでの転送を頼むかもしれない」
「分かった。ヤバイ時の連絡は嬢ちゃんにでいいのか?」
「あぁ、それでいい。カリンがその仕事のリーダーに指示を出す」

 それに続けて、エルはこちらが言うより先に自分から言ってきた。

「んじゃ俺はまずゼル傭兵団に抗議文を送って、……あとはそうだな、暫く神殿通って鍛錬しつつ噂話を集めてくっかね。最近大きい仕事してねーから体ナマってたし丁度いいや」

 首を左右に動かしながら言うと、彼は背伸びをして見せる。それからこちらを見てニカッと笑う。

「だから当分俺は団内の訓練には付き合えねーんでよろしくな」
「いえ、ボスがわざわざ出なくても私が見ていますのでっ」

 カリンが焦って言ってくるが、セイネリアはそれに軽く返す。

「いやいい、俺も暫くは外へ出るような仕事を入れないつもりだからな。訓練を見るだけなら構わんさ」

 団員の訓練は別に指示してやらせるのではなく、各自で勝手に行うものだ。ただエルが時折顔を出しては、アドバイスやら強化を入れてやったり、手合わせの相手をしたりしている。カリンはその様子を見て団員の実力をチェックしているが、訓練自体に直接口を出す事はまずなかった。

 セイネリアはエルのようにあれこれ世話を焼く気はないが、見えるところにいればそれだけで訓練中の者達にはいいプレッシャーになって鍛錬に身が入るだろう。勿論手合わせを願い出てくるような者がいれば付き合ってやるが――そこはあまり期待しないでおこうとセイネリアは思った。




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