黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【56】 ただでさえ人が少ないこの街では、夜になればまったく人の気配がなくなる。この状況の今でも流石に街の正門から中央に抜ける通りくらいは街灯をつけているが、それ以外はほぼ真暗だ。家々から漏れる明かりも少なすぎて、一見無人の街のような不気味さがある。 それでも一応、中央通りから領主の館へ着けばその明るさが目に入る。 現在この街で一番人が集まっているここだけは、見張りの兵がいて人の気配があった。 セイネリア達は街灯の明るさを避けながら歩き、領主の館が見えるところまで来た。転送に使う断魔石の『穴』は昼に下見済であるから、そこから4人共に屋敷に入るまではすんなり成功した。 ただし、問題はここからだ。 「どうだ? どれくらい見える?」 「そうだな、思った通り使用人の部屋とかは見える。ただやっぱり……本館の方は全然だ。もっとも、向こうも中まで入ってしまえば重要なトコ以外は見えると思うんだが」 建物へ断魔石を埋め込む場合、一番重視されるのは外壁である。外からに備えるのが一番重要なのだからそれは当然の事だが、逆を言えば部屋単位の魔法対策なんて殆どしていない事も多い。重要な場所は流石に対策してあっても、中へ入りさえ出来れば殆どの部屋は転送も見る事も可能だろうとエデンスは言っていた。 「なら予定通り、まずは探ってきてもらう」 「はい、行ってまいります」 「無理はしなくていいぞ」 「分かっております」 館の構造は分かっていても、中の警備状況と、目的の人物がいる場所を確認する必要がある。その手の隠密行動はカリンが得意であるから、エデンスと組んでまずは屋敷内を探ってもらって、それからセイネリア達が動く事にしてあった。 実は領都まで転送で行かないのが確定した段階で、カリンの部下も一人連れてきて手分けして屋敷の中を調べさせる事も考えた。だが人数を出来るだけ絞りたかったのと、屋敷の中で見えるところなら転送も可能だと聞いた段階でこの二人に任せる事にした。 「探るのは部下に任せるのか?」 「あぁ、俺がいくと死人が出る」 「成程」 二人が出かけると、セウルズが話しかけてきた。 断魔石の穴であるここは屋敷の中でも物置のような場所だった。割合長く人が入っていなかったような感じであるから、誰かくる可能性はかなり低い。 「……サウディン様をどうするつもりだ?」 セイネリアは置いてあったソファの埃を軽く払ってから座った。 「そうだな。殺さないとマズイような人間でなければ殺す気はない」 「そうか……」 セウルズも、衣装箱のようなところに座った。 「ゼーリエンから出来るだけ殺さないで済むようにしたいと言われているからな」 「そうか……」 初老のアッテラ神官は、それに少し安堵したように笑った。 「あの兄弟、仲はよかったのか?」 聞いてみれば、顔に苦笑を張り付かせたままセウルズは答えた。 「良い、という程ではないと思うが、ゼーリエン様はサウディン様を兄として尊敬していらしたと思う」 それに、そうか、と今度はセイネリアが返せば、セウルズは顔を上げてこちらを見て来た。 「頼みがある。……サウディン様とは、最初は俺一人だけで話をさせてもらえないだろうか」 「つまり、まずあんたが説得を試みる、という事か」 「そうだ、いきなり敵であるお前達が姿を現すより、最初は俺だけのほうがサウディン様も冷静に話せると思う」 まぁセウルズの意図は分かる。 この男がここまでついてきたのは基本はサウディンを助けるためだ。だからこちらと会わせる前にサウディンと話し、説得なり、アドバイスなりをしておきたいのだろう。ただし、ここまで生かしておいた彼をここで殺す気はない。 「確かにそれは一理ある……が、今のあんたじゃ危険だ、自分の身を守れないだろ」 それには即答でアッテラ神官は言った。 「それは構わない、そもそも負けた時点で生きているつもりはなかったからな」 まったく――彼の意図が分かるからこそうんざりしたが、セイネリアはそこで逆に笑って見せた。 「……なぁ、俺があんたに失望した理由を分かっているか?」 さすがに不穏な空気を感じ取ったのか、相手の緊張が分かる。 「俺が……お前が思うより弱かったからか?」 思った通りの答えに唇が歪む。そう思っていてくれてよかったんだが――とは思いつつも、ムカついたついでに言っておくかと思い直した。 「それもあるが……あんた、戦ってる時に俺に負けても構わないと思っていただろ?」 言えば、セウルズは顔を顰めてから下を向く。セイネリアはその彼にむけてわざと侮蔑するように鼻で笑ってやった。 「アッテラ神官の禁忌、死を覚悟してまでの限界の力を使ったくせに、あんたは勝てないと分かった時点で諦めた。あんたには何をしても俺に勝とうとする必死さも執念もなかった。それが俺があんたに失望した理由だ」 そう――セイネリアとしては、最大限の強化を掛けたセウルズが思ったよりも強くなかったというその事実より、彼が勝つ事に拘ってなかったせいで攻撃がすべてこちらの想定内で終わってしまったことに失望していたのだ。 --------------------------------------------- |