黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【53】



 やがて遠くに領主の館が見えてきたところで、セイネリアは傍にあった路地に入った。そうして、周囲に誰もいないのを確認してからエデンスに向き直る。

「さて、どれくらい見える?」
「まぁ……流石に、屋敷の中は見えないな」
「そうか。なら外の警備状況は?」
「そっちはところどころ見えるとこもあるんだが……正直、頼りにしてくれ、とまでは言えないな」

 貴族の家、特に領主の館ともなれば断魔石で守られているのは当然だが、その場合設計段階で石の影響範囲の『穴』、わざと魔法が通る箇所を作ってあるのもまた当然である。ただその他にも転送までは使えないような小さな穴はあちこちにあるそうで、それがカモフラージュになっているのもあって知らない人間が意図的に作られた方の『穴』を見つけるのは難しいらしい。
 とはいえその小さな穴のおかげで近づけば中を断片的に見る事も出来る、と言われたのもここまでやってきた理由の一つだ。見えるなら警備の状況や中の人間の配置も知りたかったが、あまり期待はしていなかったのも確かだ。
 意図して作られた『穴』の方はこの館の主――つまり領主やその身内、重臣だけが知っている。という事で、とりあえずはメイゼリンやセウルズから聞いているその『穴』が本当に使えるかどうかの確認がここへきた一番の目的だった。

「見えないなら仕方ないだろ。目的は使える筈の『穴』が使えるかどうかの確認だ。……あとは本人がいるべき場所にいてくれる事を祈るしかない」

 勿論、想定しているところに目的の人物がいない可能性も高い、そのためにセウルズを連れてきたというのもある。一応屋敷の構造自体はメイゼリンから貰った図で大体分かるが、実際中で人探しとなった場合に屋敷の中を知っている人間がいればやりやすい。

「現状で残ってる警備兵達は殆どがボクル達の出した連中だそうだ、なら余計に戦闘は避けないとならないだろ」

 そもそもセイネリア達があの屋敷の中に入ろうとしているのは、先に屋敷内の敵を片づけてゼーリエンを迎えるためではない。ゼーリエン軍が街に入る前に、サウディンに会ってその真意を確認するためである。少なくとも目的を果たすまでは騒ぎを起こす訳にはいかない。
 ボクルからの話では、サウディンは大人しくゼーリエン軍を迎えて領主の地位を譲ると言ってはいるらしい。それが本気ならいいが、まだ諦めきれずこちらをはめようとしているのなら――最悪、ゼーリエンが街に着く前に殺す、というのはメイゼリンからも頼まれている事だ。

「見えただけでも相当少ないようだからな、上手くいけば兵に会わずに済みそうなんだが……」
「ならあの爺さんはやはり連れて行った方がいいか」

 言い方が少し嫌そうに聞こえたのか、エデンスが笑いながら聞いてきた。

「なんだよ、足手まといは連れて行きたくないって?」
「まぁな、だが別に連れて行くのが面倒という意味の足手まといじゃない。それなら転送が使えないあんたも似たようなものだろ」
「はん、言ってくれるぜ……否定はしないがな。だが一応、断魔石の中でも何も出来ない訳じゃないんだが」

 軽口で返してきたエデンスは、そこで一度黙ってから聞いてくる。

「でもま、分かってるさ、もし兄貴の方を殺す事になった場合に邪魔されるかもって事なんだろ?」
「そうだ」

 エデンスもシェリザ卿の下で謀略の手伝いをしてきただけあって、こういう事の察しはいい。ただ基本的にはこの男も善人だ。

「……殺さないで欲しいって言われてたんじゃないのか?」

 通りの方を見ていたセイネリアは、それで振り向いてクーア神官を見た。

「知ってたのか」
「悪いが『見て』た。声は聞こえなかったが……唇の動きで大体な、あんまり遠いと無理だが」

 確かに村長の家は一部だけ断魔石で守られていたが、ゼーリエンの部屋は石の影響範囲外だったのだろう。見えたのなら仕方ない。

「勿論、出来る限りは生かせるようにはするさ。そのための準備もしてきてはいる。……だが殺すしかない人間だった場合は仕方ない」
「恨まれるんじゃないか?」
「構わん、雇い主はメイゼリンだ」

 だから優先すべきはメイゼリンの方だと、そのつもりで言ったのだが。

「……いや、雇い主の命令っていうより、あんたが次の領主様のために殺した方がいいって思ったら殺すんだろ?」
「当然、そうなる」

 そこでなぜかエデンスは苦笑した。

「何だ?」

 聞き返せば、クーア神官は背伸びをして背を向けた。

「別に、ちょっとほっとしただけだ」




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