黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【42】



「……貴方はどう、違いを感じましたか?」
「一言で言うと、化け物みたいだった男が本物の化け物になった、くらいの違いかね」

 カリンの表情が益々強張る。自分が分かってるんだから彼女が分かってない筈はないわな、とエデンスは心の中で独り言ちる。

「ただ別に付いていけないような人非人(ひとでなし)って程じゃない。不気味で得体の知れない感じは前からといえば前からだ。ただなんというか……うん、そうだな、楽しそうじゃない」

 そこで今では少女と言えず美女というべき彼女は、その整った顔を悲しそうに歪めた。

「感情的にならずに冷静ってのは前からそうでもあるんだが……前はなんていうか、何やるにしても多少はさ、策がハマって楽しそうだったりとか、気分的にあの男でも高揚してるんだなって感じはあったじゃないか。だが今は……何やってても本当に事務的でつまらなさそうだ」
「そう、ですね」

 言うと同時にカリンはため息をつく。エデンスもつられた訳ではないが自然とため息が出て、そこから思わず頭を掻いてフォローなんてしてしまった。

「あー……ただ別に楽しそうじゃない、ってのが全部悪いとは言わないぞ。実を言えば正直今回の策はちょっと……実行すべきか迷ったんだが、その命令を楽しそう言われてたら俺は逃げてたよ。単にあいつがあれをあくまで『出来るだけ戦死者を出さないための手段』としか考えてないって分かったから実行したってのはある」
「それで、実行した時のボスはどんな反応でしたか?」
「別に、どこまでも冷静でどこまでも淡々と状況を見てただけだった。そーゆー男だとは分かってたが、まぁ本気で不気味なくらい表情はなかった」

 そこでカリンは下を向いて少し考え込んでいるようだった。別に返事を急かす気はないからエデンスは黙って待った。
 そうして暫く後、黒髪に黒い瞳なんてあの男の傍にいるのが似合い過ぎる彼女は静かに口を開いた。

「おそらく原因は黒の剣、だと、思います」

 それにはすぐエデンスも返した。

「あぁ……なんかすごい剣を手に入れたんだって?」
「そういえば貴方はまだボスがあの剣を使うのを見た事はないのですね」
「あぁ、噂だけはいろいろ聞いてるがな」

 実際エデンスがこの傭兵団に来たのはつい最近、この仕事が決まってからだ。一応登録だけは先に済ませていたが、セイネリアとはここへ来るまであのザウラとグローディの紛争問題以降まったく会っていなかった。
 ちなみに黒の剣という魔剣をセイネリアが手に入れたというのはエデンスも知っている。ただエデンスが聞いた噂では、とんでもなく凄い剣、という程度にしかわからなかった。そして今回セイネリアはその剣をどうやらもってきていない。だからエデンスはその剣についてはまったくわからないも同然だった。

「団員達から何か聞いていませんか?」
「悪いがまだそこまで他の連中と交流出来てない、本気でこの仕事からだからな」

 カリンはそこでまた一旦黙る。けれど今度はそこまで待たず、表情を真剣にしてこちらを見てくる。いわゆる真顔という奴だ。

「今回この村ですが、黒の剣を使えばボス一人で一瞬にして村にいた西軍を壊滅させられました」

 今度はエデンスが黙る。というか何も言えなかった。口を開けたまま声も出ずに暫く固まっていたクーア神官は、途中で気がついて冷や汗と共に顔に苦笑を張り付けて言い返した。

「いやいやいやいや、なんだそりゃ。さすがに大袈裟に言い過ぎだろ、脅しならそれでいいがもうちょっと具体的に剣の能力を教えて欲しいんだが」
「脅しではなく事実です」

 カリンの顔が真剣過ぎて、エデンスは息を飲む。どれだけ彼女を凝視しても向こうは真顔でこちらをじっと見返してくるだけで、とうとうエデンスは頭を押さえてため息をついた。

「冗談……じゃない、のか」
「はい、西軍の数が倍でも同じです。なにせかつて樹海にあった大国を滅ぼした剣だそうですから」
「そうか……」

 それなら何やってもつまらなくはなるわな、とそこでエデンスは納得した。あの男は誰より強くて頭が回って自分の能力に自信があるからこそ……そりゃ、そんな力が手に入ったら馬鹿馬鹿しくなる、というのがエデンスが咄嗟に思ったことだ。
 そんな力を手に入れてもおかしくならず、少なくとも表面上は今まで通りに見える事の方が驚きだ。あの男が元から冷静過ぎるくらい冷静だったからこそだろうが、本物の化け物になったというのは比喩でもなんでもない訳かと思う。

「そうか……そりゃ、あんたは辛いとこなんだろうな」

 思わずそう言ってしまえば、黒い瞳を少し潤ませながら、それでも彼女は背を伸ばして言い切った。

「私は、ボスがどうなってもお傍にいて従うだけです」
「そっか……そうだな」

 彼女との話はそれで終わりにして戻る事にしたが、そのカリンの言葉にエデンスは微妙な引っかかりを覚えてもいた。
 確かに、彼女が何があってもあの男を支えるつもりで従う事はいい事だろうし、その覚悟を疑っている訳ではない。けれどあの男が望んでいるのは本当にそうなのか……何故か少しばかりそこにかみ合わない感覚があってエデンスはなんとも言えない気持ちになった。




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