黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【10】



 領地持ちの貴族が死ぬ時、誰がその後を継ぐかで揉める事は多い。そのため生前に後継ぎを決めておくのが普通だが、領主がその前に急逝した場合は当然揉めるし、決まっていてもその後継ぎの評判が悪かったりした場合はやはり揉める事が多い。
 大抵の場合は内乱になる前に王に仲裁を頼むのだが、その場合は配下からの支持と実績が重視されるため、ちょっと頭が回る人間なら領主が生きている内から仕事を手伝って周囲に根回しをしつつ実績を作っておくものだ。実際これを狙ったのがデルエン領でのホルネッドで、彼がヘタに策を弄する事なく魔女に手を出すような事をしていなければ、すんなり王に訴えて領主になれた可能性は高い。いくら兄のハーランが軍部を掌握していたとしても王に脅しを掛けられたらどうにもならない。だから揉めても内戦までいかず、大抵はどうにかなる。

 今回のキドラサン領の場合は、息子がまだどちらも子供の内に領主が死んだ、つまり後継ぎを決める前に死んだパターンの方である。しかも厄介な事には上の息子と下の息子で母親が違う。上の息子の母親は第一夫人だが病弱で、ついでに領主自身も病弱だったから念のために健康に問題のない第二夫人も娶って子供を産ませた――という事情があるらしい。

 だから長子の後ろ盾は病弱な母親ではなく母親の兄である男で、この男は元から領内でも重用なポジションを務めていて当然長子が領主となれば実質領主としての権力はこの男のものとなる。対して次男の方だが後ろ盾はその母親で彼女がこの勢力のトップである。また彼女は軍部の重鎮の娘であるため、その親類縁者や支持者は軍関係者が殆どだ。

「他に聞きたい事はあるか?」

 セイネリアはそれに、いや、と短く返事を返した。それで現在次男側のトップである母親のメイゼリンは満足そうに笑った。

「お前の話はいろいろ聞いている。勿論命令には従って貰うが、出来る限りは好きに動いて貰いたいとも思っている。また何か気付いた事があればなんでも私に言って欲しい。なにせお前は策士としてもなかなかの人間のようだからな」

 病弱な第一夫人に対して健康に問題がない第二夫人――というだけあって、確かにメイゼリンは気力と体力が溢れていそうな人物だった。どうやら騎士でもあるらしく、女がてらに武人らしい豪快な人物だ。

「母上、そこまで信用し過ぎるのは……」

 声の大きな母親の横に座っていた少年が、そこで呆れたように言ってくる。これが領主争い中の次男のゼーリエンで、年齢は13と聞いていたが体付きから2歳くらい上に見えた。メイゼリンも女にしては体の大きい方であるし、そういう家系なのだろう。

「なぁに、嘘くさい程とんでもない話もある中で、それでもこの男が仲間や依頼主を裏切ったという話はなかった。冷徹冷酷で足手まといは即見捨てるが、諦めず戦う気のある者は見捨てなかったとも聞いている」
「そちらが裏切らない限り、契約は守ると誓おう」

 こちらを伺うように見ていた彼女は、セイネリアの返事にまた笑った。

「ならいい、お前には期待している。さっさとこの無駄な争いに決着をつけさせてくれ」
「あぁ、そちらからのもろもろの要望にも出来るだけは応えたいと思っている」

 すると彼女はぶっと軽く吹き出して、それから笑い出した。

「先程兄上が言っていた事か。確かに元々同じ旗を掲げる者同士だ、出来るだけ犠牲は少なくしたいが……まずは何より勝つ事が先決だ、綺麗ごとを言っていられる状態じゃない」

 実をいうと先程までメイゼリンの兄であるオーランがいたのだが、彼はセイネリアの残虐な噂に嫌悪感を抱いていたらしく、勝った後の事も考えれば出来るだけ犠牲は少なくしたい、無駄に死人を増やすようなマネするなといってきた。
 確かに、領主争いという性質上、勝った後は負けた陣営を配下に置く事になるのだから出来るだけ相手に遺恨を残したくはないだろう。当然の言葉だとは思うが、メイゼリンはそれを重視はしていないようだった。良くも悪くもこの女は武人一家らしい考え方で、オーランはもう少し全体に頭が回るというところか。もしかしたら息子のゼーリエンはオーランを見本にしているのかもしれない。

「だが今は敵とはいえ勝敗が付けば味方となる兵だからな、殺し過ぎればこの領地の兵力がなくなる、オーラン殿が言う事は尤もだ」
「つまりお前は、そこまで考えて勝つつもりでいると思っていい訳か?」
「善処するつもりだ」
「いいだろう、益々期待している」

 それから彼女は、少し離れて立っていたいかにも騎士らしい若い男を呼び付けると、セイネリアを案内するように命じた。セイネリアは大人しくその男についてメイゼリンの天幕を後にした。




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