黒 の 主 〜傭兵団の章・一〜





  【2】



 傭兵団としての戦闘では、セイネリアはいつも先頭に立つ事にしていた。
 その理由は黒の剣を使うからで、だから軍全体の会議では毎回自分の隊に先陣を任せてほしいと言っていた。

――それもそろそろ終わりだな。

 傭兵団の新人教育と黒の剣の実践調整のためだからこんなマネをしているが、それもいい加減止め時だろう。調整が終われば黒の剣は余程の事がない限り使わないつもりだった。なにせただでさえつまらない戦いが剣の力を使うとまったく戦っている気がしなくなる。

――いっそあの人数を一人で相手をするのなら、こんなモノ使わないんだが。

 最初に黒の剣を使ってある程度敵の人数を減らすのは他の連中のために他ならない。自分だけだったら戦う前に敵を減らすなんて勿体ない事はしない。……あれくらいの人数がいれば、一人くらいはこちらに攻撃が届くかもしれないではないか。

 まだ遠い、ザリアドネ族らしき集団の影を見てセイネリアは皮肉気に笑う。彼らはクリュースの一般人より目がいいがそれでもセイネリアと同等がいいところだろう。今回こちらには新人の中に本物の狩人がいる、ロックランの術のおかげで彼等より先に見つける事が出来ていた。

「いくぞ」

 セイネリアの目でも向こうの様子が確認できる位置まできてからそう呟く。それから茂みの中で立ち上がれば、他の連中も次々立ち上がった。
 セイネリアは走り出す。
 それを見て術者や射手以外の団員も皆、走りだす。だが、団員達はセイネリアからはわざと少し遅れてやってくる事になっていた。

 それは当然、巻き込まれないためだ。

 蛮族共は目もいいが耳もいい。だからこちらが声を上げて突撃していけばすぐに気づいて向うもこちらに向かってきていた。
 その、先頭に向かって、セイネリアは黒い剣を抜くとそれを無造作に横へ振り切る。前回はすこしやり過ぎだったからそれよりも軽く、角度は僅かに上気味に。力の放出はかなり抑えられて空気が裂けるまでの音はしない。ほぼ水平に単純に魔力だけが飛んでいったから、地面が抉れる事もほぼない。
 力の塊は敵に向かっていく。
 放出された力が空間を捻じ曲げ、向かってくる敵の姿が歪んで見える。
 それが当たったのは、蛮族共の悲鳴で分かる。
 直後、彼らの隊列の真中が抉れて、そこにいた人間は潰れるか、頭や腕が吹っ飛ぶか、体毎吹っ飛ばされていく。魔力が直接ぶつかった人間はまず無事ではすまない。体毎ふっとんだ奴なら、運が良ければ木に引っかかって生きているかもしれないが、大抵は何かにぶつかった衝撃で死ぬだろう。

「今だっ、突っ込めっ」

 そこでもうこの状況も慣れたエルが声を上げた。
 彼がここでそう言わないと、剣の威力に驚いて団員達が足を止めてしまうのだ。実際、走るのを忘れて見入っていた数人が、その声で慌てて走り始めた。今度はセイネリアを追い越して連中は敵に向かっていく。これは事前に言ってある通りだ。

 今回はかなり威力を絞れたから、敵で戦闘不能になったのは半数弱だろう。数だけならまだこちらより多いが、この程度の差なら別にセイネリアが戦わなくても装備と魔法の差で勝てる。なにより向うは訳が分からない力で数をごっそり減らされて混乱していて隊列どころではなくなっている。それでもやられるような者はどうせ使い物にならないから死んでも惜しくはない。

 もうあまりやる気のなくなった歩調で、セイネリアは敵に向かって歩いて行く。黒の剣は使う必要がないから鞘に入れた。

「xxxxx−−−ッツ」

 一応、目立つ格好をしているからこの隊の指揮役が自分だというのは分かるのだろう。死に物狂いで突っ込んでくる敵がいたからセイネリアは足を止める。ただ残念な事に腕は所詮ただの雑魚で、相手の剣を避けた後、わざわざ剣を抜いて相手をしてやる気になれずに足で腹を蹴り飛ばした。小柄な蛮族は大きく吹っ飛ぶ。倒れて動かないが死んではいないだろう、始末は他の連中がしてくれる。

 味方は優勢で、勝敗はもうついたと言っていい状況だった。
 ただ蛮族は基本的に逃げないから戦闘自体は終わっていない。それでももう、勝ちは決まっているからか、団員達の顔はどれも勝ち戦特有の余裕がある。傭兵団に入ろうなんて思うような輩だから戦う事自体が好きな連中も多いようで、どの顔も皆、目を輝かせて獲物を追っていた。
 その様がやけに『楽しそう』に見えて、セイネリアは我知らず重い息を吐いた。

――まるで雛に餌をやってる親鳥だな。

 馬鹿馬鹿しい、と考えながら、あらかた片付いた戦場を見て、セイネリアは舌打ちをしてから空を見上げた。




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