黒 の 主 〜傭兵団の章・一〜





  【1】



 クリュースの北部、冬には完全に雪と氷に覆われるこの地は針葉樹の林と高地特有の荒れ地が広がっている。
 サヴァズ砦から偵察部隊として出てきた一行は一旦林の中に留まり、数人を偵察に出して周囲を調査した。

「敵の数は?」

 蛮族の部隊を見つけたと言う偵察役の男に対してエルが聞く。

「40人前後、だと、思います!」

 なら単一部族かな、と考えつつ、さてどうするんだというのを視線に乗せてエルは馬上のセイネリアを見た。我が傭兵団の団長でもありこの隊の隊長でもある男はピクリとも反応せず、ただ口だけを開いてまだ団に入って日も浅い偵察役の男に聞いた。

「連中の得物は?」
「後ろの方はよく見えませんでしたが、はっきり弓を持っていたのは4人、そこまで多くはなさそうでした。大抵は盾を持っていて……武器は剣だと思いますっ」
「……つまり、槍や目立つ大型武器持ちは見なかったんだな?」
「ぁ、そ、そうですっ、はい、槍持ちは見ませんでしたっ、腰に剣を下げてるのは見えたので、剣が大半かとっ」
「頭の天辺が尖ったような兜をしていなかったか?」
「あ、はいっ、して……いましたっ」

 偵察役の声が話す度に裏返っている。だからお前が直接新人に声掛けるなよびびんだろ――とエルは思いながらも、泣きそうな顔で報告をしている男の傍に行って肩を叩いた。もういいぞ、と言えば安堵した顔でそいつは他の連中の元へ帰って行く。
 基本偵察は二人一組にして出す訳だが、その時の構成は一人がまぁまぁ団に慣れてる奴で一人は新人にする。報告は新人の役目だ。なにせまだ発足して間もない組織だけあって今は頻繁に募集を掛けては新人を入れている。新人研修っていうか度胸試しというか、本採用のための最終試験も兼ねて新人が入るとこうしてまず傭兵の仕事を入れて戦場に連れていくのが恒例となっていた。

――まぁあれだ、度胸試しってのは敵さん相手だけじゃなく、こいつに対してもな訳だがよ。

 いるだけで周りが怯える、真っ黒の甲冑と重そうなマントをつけた男を見て、エルは肩を竦めてみせた。

「向うも偵察部隊かね?」

 エルが聞けば、セイネリアは全く抑揚のない声で答える。

「いや、偵察部隊にしては数が多過ぎる。奴ら全体でも100いるかどうかだろ。報告からすればザリアドネ族で確定だ、こっちが姿を見せたら即突っ込んでくるぞ」
「じゃーどうすンだ? 仕掛けるか? それとも帰って報告だけにしとくか?」

 聞けば黒い男は馬から降りる。それだけでエルは彼の意図を理解した。
 新人以外の連中はそれを見て緊張に姿勢を正した。
 セイネリアが馬を降りるのは、彼が自ら突っ込んで戦うのを意味している。普通、隊長クラスの騎士様といえば馬上でそのまま戦闘となるものだが、セイネリアの場合は違う。それは彼が持つ特別な武器が理由で、あの派手な魔槍を呼ぶ場合は馬上だと馬の首が邪魔だし、黒の剣なら……抜いた途端馬が怯えて使い物にならなくなるそうだ。

「丁度いい数だ、遠慮なくこちらの成果にさせてもらおう」

 だよな、と思いつつ、エルは皆に戦闘準備をするように声を掛けた。わたわたと装備を皆が整える中どうすればいいか分からないできょろきょろする新人には、更に声を掛けて並ばせないとならない。あー本当に面倒な仕事は全部俺に押し付けやがって、とは思っても、いくらエルでも当然ここで文句を言ったりはしない。

「いいか、新入り連中は二人一組で向うの一人相手するくらいのつもりでやれよ。ンで絶対指示がない限り逃げても追いかけンな。引けっていったら引け、絶対だぞ」

 すると新人の一人が不安そうな顔で手を上げて聞いてくる。

「あの……俺達が二人で一人相手って……それは人数的に、難しくはない、ですか?」

 ちなみにこちらの隊の人数は全員で12人、内6人が新人だ。しかも全員が戦闘要員という訳でもない。まぁ普通に考えれば相手より圧倒的にこちらの方が人数が少なくて不利ではある。まともに考えればこの人数で40人前後の敵を相手しようなんて思わない。
 だがこちらには規格外の化け物がいるのだ。

「心配すんな、いざとなった40人くらいウチのマスター一人でも倒せっからよ」

――多分、相手が100人でもな。

 新人達が目を丸くする。そうして実際戦闘に入れば、先頭を行く黒い男の姿を見てすぐ、彼等も納得する事になるだろう。
 新入りをまず戦場に連れてくるのは、彼等の長である人間の化け物ぶりを見せつけるためもある。一度アレを見せておけば、いい感じに震えあがって上に逆らったり裏切ったりなんて気を完全に失くしてくれる。あとは従順な下っ端の出来上がりだ。

――ま、あれ見たら誰も逆らおうなんて思わねぇわな。

 兜を装備し、赤い髪の男が差し出す剣を取る黒い騎士を見てエルは苦笑する。彼が先頭であの剣を一振りすれば、まず確実に敵の半数は終わりだろうなと、エルは思わずこれから戦う蛮族達に同情した。




---------------------------------------------



   Next


Menu   Top