黒 の 主 〜真実の章〜





  【23】



 騎士が彼の愛する王に出会ったのは、どれだけ努力しても所詮自分は認められないのだと絶望していた時だった。自分に勝てる者はいないとその力を示し、これで馬鹿にしていた者達を見返せると思った後でもあったからその絶望は深かった。
 使者を寄こして騎士を呼び出し、自分の部下にならないかとそう言われた時、まだ王ではなかったその人物はまさに騎士にとって救いの神に見えた。誰にも肯定されなかった騎士を褒め、初めてその努力を肯定されて、騎士は一生この方に仕えると心に決めたものだ。
 まだ若い主は自分の野望を熱心に騎士に話してくれ、悩む時は相談してくれた。戦いに勝てば誇らしげに騎士の功績を皆に告げてくれ、たくさんの名誉を与えてくれた。自分に居場所と生きる意味、そして誇りを与えてくれた。騎士にとって王は、すべてにおいて優先される、一番大切な存在だった。

 それはギネルセラも同様だったらしい。

 自分と真逆のくせに自分と似た境遇だった男は、王に初めてその力は素晴らしいものだと肯定してもらった。世界に存在する魔力を封じ込めて魔法を独占するなんて荒唐無稽な計画に、面白いじゃないかと乗ってくれた。3年の間もギネルセラを信じて、剣をつくるために出来る限りの準備と援助をしてくれた。
 だから彼は、黒い剣を作り上げた段階で本当に満足していたのだ。
 自分が認められて、自分が思う通りの世界になって、あとはそれを見ていられればそれでよかったのだ。
 騎士はそれを知っていた。けれど、それでもなお王の言葉を信じた。騎士にとってはギネルセラよりも王の方が大切な存在だったからだ。もう戦えない、生きる意味のない自分が、愛する王にこれからもずっと仕えてくれと言われたその言葉に縋らずにはいられなかった。

 儀式は、王と魔法使い達だけで行われた。
 部屋の外で警備をしている兵達にも、中で何が行われているかは知らされていなかった。

 部屋の中央には黒い剣。それを挟むようにギネルセラと騎士は寝台の上に寝かされていた。
 同じ剣の中に入れられる者同士であるというのに、ギネルセラは拘束された状態で連れてこられて周囲の魔法使い達に無理矢理台にと縛り付けられた。一方の騎士はもう歩けないからと豪奢な椅子に座らされて丁寧に運ばれ、やはり豪奢なクッションを敷かれた上に注意深く寝かされた。王から涙ながらに手を握られ、周囲から敬意を払われて、その時までは王にこれからもずっと仕えるというその決心は少しも揺らいでいなかった。病気のせいで耳も目も悪くなっていたのもあって、ギネルセラの叫び声は聞こえていたが何を言っているかは聞き取れなかった。

 呪文が流れ始めて、騎士は目を閉じた。
 聞いている内に意識が遠くなっていって……けれど、不安も恐怖もなかった。おそらく自分は最後まで笑っていただろうと思う。

 気付いた時は真暗な空間の中で、だが体の痛みは何もなく、まるで全盛期のように自由に動けて頭もはっきりしていた。今ここで剣を握れたならばと思ったが、すぐに自分は魂だけの存在になって肉体を捨てたからこそこうして動けるのだと理解した。

『俺は、王に裏切られた』

 そこで、ギネルセラの声が空間に響いた。
 見れば、目の前には憎しみに目を見開くギネルセラの姿があった。

『俺は満足していた。これ以上望むものなどなかった。だが王は満足していなかった。俺が裏切るのではないかと不安に囚われ、剣を俺なしで使うために俺を裏切った。お前はそんな王にまだ従うというのか?』

 実を言えば、騎士もそうだろうと分かってはいた。ギネルセラが満足していた事を知っていた騎士は、王が疑心暗鬼に駆られてありもしない罪を彼に着せたのではないかとそれを予想はしていた。それでも無理矢理王を信じただけだ。

『あぁ、俺はそれでもあの方にずっと仕えると誓った』

 言うと同時に、騎士はギネルセラに頭を下げた。

『だから……すまない。許してくれとは言わない。俺はお前が裏切りなど企んでいないと分かっていた。それでも、あの方を信じたかった、あの方のために働きたかった』

 騎士には王の気持ちも分かっていた。黒の剣が王が直接使えるものではなくギネルセラしか使えない段階で、もしギネルセラが裏切ったら成す術がないとその不安にずっと苛まれていた事を知っていた。だから、それで王の不安が取り除けるというのなら、ギネルセラには犠牲になってもらうしかないとそう考えた。




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