黒 の 主 〜真実の章〜





  【21】



 セイネリアがケンナの店にいけばどうやら引っ越しの準備をもう始めていたようで、前に来た時より店の中が片付いていた。

「鎧は出来てンぞ、間違いなく俺の最高傑作だ」

 やたら嬉しそうな鍛冶屋の顔に、セイネリアの唇は笑みと言うより皮肉に歪む。
 ケンナは少し待てと言って一度奥へ行ってから出てくると、意気揚々と店の中央近くに歩いてくる。そこには布に覆われた大きな何かが置いてあって、当然それが完成した鎧だというのは分かる。セイネリアは何も言わず黙っていた。

「どうよ、ほらさっさと着てみやがれ」

 いい歳の親父がガキのように得意気に布を取り去れば、そこにはやはり鎧があった。前回見ているから驚く事はなかったが、よく見れば確かにあちこち調整が行われているようで、実際に着けてみれば更にその違いに感心する事になった。

「前回ちっとばっか窮屈そうだったとこがあったからな、その辺りは改善してる。それと左手の装備は要望通りもっと厚くしたぞ、脛ンとこもな。あとはいろいろ微調整が入ってる、前より動き易くなってると思うぜ」

 しゃべりながらもケンナはこちらに装備を着けていく。今日はクリムゾンがいないから前回よりは掛かるがそれでもすぐに着け終わった。

「どうよ、前よりいい感じになってンだろよ」
「……確かにな」

 腕の装備は自分で着けていたため着ける度に動かして確認していたが、全身動くところを一通り動かしてみても明らかに前より動き易くなっていると感じるのだから大したものだ。

「前より動き易い。厚みを増やしたところもイイ感じだ。あんたの腕はやっぱり別格だ」
「そーだろそーだろ」

 顔をくしゃくしゃにして誇らしげに笑う親父は分かりやすすぎて呆れる程だが、いくら褒めても足りないくらいの仕上がりであるから今回は素直に賛辞を贈る。ただ彼にとっては誉め言葉より、この鎧を着てその性能に見合うだけの戦いをすることの方が重要であるからいつまでも笑ってみているだけでは終わらない。

「おい、ちぃっとでいいからその恰好で剣振ってみ、そンために片づけておいたんだからよ」

 成程、このガランとした店内は引っ越し準備だけではなくそのためもあったのかと、呆れはしたがセイネリアは大人しく剣を抜いた。自分の背からすると上方面に上げ過ぎないようにする必要はあるが、どうにか振るくらいは出来るだろう。こちらも実践に近い動きで感触を確認したいから丁度いい。
 セイネリアは剣を顔の横に構え、踏み込むと同時に前に出す。斬り返して反対側に構え直す。それ以上は場所のせいで一度下がる必要があるが、そこからも数度剣を振ってみせて、それから剣を戻した。

「本気で動き易かった。助かる」

 言ってケンナの顔を見れば、彼は目を大きく開いてこちらを見ていた。

「どうした?」
「あぁ……いや、偉そうなだけはある腕だって思ってよ」
「鎧に負けてないだろ?」
「まぁ、そういうことにしてやるよ」

 言って笑いながらこちらの背を叩いてきたケンナだが、急にその手を止めるとこちらをあらためてじろじろ見てきた。その顔には笑みはなく、何か不思議がっているように見えた。

「どうした?」

 だからまたそう聞けば、今度は彼は考えながら言ってくる。

「いや……サボってたのかって聞くのは違げぇんだろうけどよ、あんまりにもお前が変わってないからちょっとひっかかってな」
「変わってない?」

 ケンナはまた笑ったが、セイネリアは表情変えないながらも動揺していた。

「まぁ人間の体って奴はよ、サボるなり鍛えるなりしなくても触ってみればその日その日でちぃっとは違いがあるモンなんだよ。だがお前の体なぁ……前に来た時と変わらなすぎだ。大した時間が経ってないといやそうだが、不思議っちゃ不思議でな」

 動揺は見せなかったが、セイネリアは琥珀の瞳を薄く細めた。





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