黒 の 主 〜真実の章〜 【15】 書類がすべて揃って認可も下り、『黒の剣傭兵団』の設立が決まった。とはいえ正式な許可証が発行されて活動が出来るまでにはもう少しかかるし、その後も当分は団として仕事を受けるつもりはなかった 初期メンバーはセイネリア、エル、カリン、クリムゾンの4人で、ワラントから引き継いだ連中は団には入れなかった。ワラントの組織はあくまで情報屋であるから、傭兵団とは別で活動させるつもりだからだ。 「工事の方はどうだ?」 エルとの打ち合わせや他に人と会う予定がない場合、午前中はカリンとの打ち合わせになる。まずは情報屋関連の報告から入るのがいつもの事だが、これはカリンが慣れたというのもあるし現状組織としても安定したから大抵報告を聞くだけで済む。余程おもしろい情報が入った時くらいしかセイネリアが口を出す必要はない。 それが終われば傭兵団の拠点作りの問題になるのだが、土地の確保まではスムーズに行ったもののその後に少し問題が起きているのは、既にカリンから聞いてはいた。 「はい、作業としてはまだ順調ですが……」 「連中は今のところ嫌味を言ってくるだけか?」 「そうですね、今はまだ。ですが最近、こちらの工事の様子を見に来ている連中をよく見かけるそうです」 規模の大きい傭兵団は特定の区域にしか拠点の建物を建ててはいけない――という決まりがあるため、当然セイネリアが傭兵団のために確保した土地はその区域内である。つまり、周囲には既にある程度の規模を誇る傭兵団の拠点がある訳で、そいつらからすると出来たばかりの傭兵団がいきなり立派なアジトを作って大規模に始めるのは気にいらない。新参者がいきなりデカイ顔をするな、という訳である。 この区域にあるような傭兵団の場合、大きく2種類に分けられる。一つは本当に有名な大規模傭兵団で、実績も実力も自信があるから彼等が一々新参者にあれここれ文句を言ってくる事は殆どないと見ていい。 問題はもう一つのそこそこ名が知れてる程度の傭兵団で、大抵の場合『実力は大したことはないが人数だけはいる』か、『あくどいやり方で無理矢理実績を作った』ような連中である事が多い。こいつらはとにかく、後から来た者が自分達より目立ったり、上であるような扱いをされる事が許せない。 後者の馬鹿どもでも、トップに頭があるならセイネリアの名を聞いてヘタに手を出してくる事はしないだろうが、トップも下っ端も揃って能無しの筋肉馬鹿だと後先考えずに行動に出る者が出てくる。 「忠告文なんて手紙を寄こしてきたのは、『カタラダ傭兵団』と『北星傭兵団』か。まぁこいつらは手を出してくる事はないと思うが」 「はい、それと別に昨夜、『山猫私設騎士団』からも手紙が来ています」 どうやらそちらは嫌がらせ目的ではない、というのはカリンの苦笑した様子でわかる。受け取って読めばやはりそうで、どうやらこちらはタレコミらしい。 「『ゼル傭兵団』と『北の大熊傭兵団』が結託してこちらに何かしようとしているらしいぞ」 セイネリアが鼻で笑いながらそう言えば、カリンは肩を竦める。 「どうしますか?」 一応、現状でも工事のために組織から警備の人間をおいてはいるが、二つの傭兵団が総出で何かしてきたら対処出来る訳がない。彼等はケチな盗人対策の見張りが基本で、戦闘が必要な問題が起こったら逃げてこちらに出来るだけ早く知らせるように言ってある。だから逃げ足の速いのを置いているが、それでもいきなりそこそこの人数で来られたら被害が出る可能性が高いだろう。 「見張りは今誰だ?」 「フォアンナとストーラ、エッジエスです」 「どうせ警戒が必要なのは魔法工事が終わるまでだ、クリムゾンにも周囲を見張らせよう、あいつがウロついていれば十分脅しにはなるだろ」 「……分かりました」 カリンは笑った。 貴族の館や公共施設等セキュリティの整った建物を作る場合、まず魔法で関係者以外がへたに立ち入れないような簡易結界を敷地内に埋め込むのが普通だ。それが終わればさほど警備を厳重にしなくてもどうにか出来る。アリエラに頼んですぐ結界を張るという手もない訳ではないが、彼女の結界は完全に閉じてしまうため工事のための連中も自由に出入りできなくなるという問題があった。 だからクリュース国内で一般的に用いられている魔石の埋め込みによる結界を入れるつもりだった。これならわざと魔石の範囲が及ばない場所を作って出入口を作れる。そこだけに門を設置して人が簡単に出入りできないようにするのと、周囲に魔石を設置するための間、それくらいならばクリムゾンに頼んでも問題ないだろう。彼もなかなか悪名が高いから、少なくとも並みの連中なら手を出せない。 ただカリンがそこで少し心配そうに聞いてきた。 「でも、大丈夫ですか? 彼にその……ボスの傍を離れろと言っても」 彼女の心配は勿論、彼の腕を心配しての事ではない。 「俺の命令なら聞くさ。それに長くても3日といったところだろ」 クリムゾンの雰囲気から、彼が今までの『仲間』とは違って自分のような『部下』としてついているというのはカリンも分かっていた。しかもあの男の場合、絶対にセイネリア以外の言う事を聞かないだろうとも。ただ逆にセイネリアの言う事なら何でも無条件で従うだろうと言うのも彼女なら分かっている筈だった。 「ただおそらくそれでも、馬鹿が人数だよりに手を出してくる可能性はある。それで一度派手に痛い目を見て貰うさ、いい見せしめになる」 それにカリンは、そうですね、と返して唇に薄い笑みを纏った。 クリムゾンの悪名に恐れはしても、人数がいれば大丈夫だと思って仕掛けてくる馬鹿がいる可能性はかなり高い。クリムゾンは手加減などしないから、こちらの害になる連中相手なら最初から躊躇なく殺していく。おそらくそれでこちらに文句をつけてくる連中はいなくなるだろう。カリンもその意図が分かっている。 「お前は引き続き周辺の傭兵団を調べておいてくれ」 それにカリンは頭を下げて部屋を出て行った。 セイネリアは一人になって大きく息を吐いた。別に何か問題がある訳ではない。情報屋の事も、傭兵団の事も、身内の人間の事も、どれも想定外という程の事は起こっていないし順調である。他の傭兵団から嫌がらせを受けるかもしれないなんて最初から分かっているし、そんな事は問題ではない。 問題はない筈だった、何も。 けれど、胸の中に溜まっている苛立ちのような重い感覚が消えない。毎夜見せられる騎士の過去に、膿のように嫌な感覚が沸きあがる。 まったく、あんな剣などいらなかった、とセイネリアは誰にも見られていない中、苦々しい顔で呟いた。 --------------------------------------------- |