黒 の 主 〜運命の章〜





  【77】



 魔法使いが転送で飛ばしてくれたから、帰りはまさに一瞬だった。
 普通なら帰りは転送なしであるから無事樹海を出てからも3、4日は掛かる筈で、あっさり着き過ぎて実感が湧かないとエルは思った。

――ま、現実感が湧かねぇのは、今回はいろいろあり得ない事ばっか起こり過ぎたせいもあるけどな。

 樹海の化け物、巨大な城の遺跡、仲間が暴走してセイネリアが吹っ飛ばされて、骨が襲ってきたと思ったら地下に落ちて……最後は魔女に結界で閉じ込められた。考えれば考える程、これでよく無事に帰ってこれたと思う。

 ただ、一緒に首都に帰ってきたのは8人パーティのうち3人だけである。死んだのはウラハッドだけだから被害が甚大だったという程ではないが、サーフェス、アリエラ、ラスハルカの3人は魔法ギルドの本拠地があるクストノームへ連れて行かれた。サーフェスとアリエラに関しては正式に魔法使いになるだけだそうだから特に心配はしていないが、ラスハルカは――どんな事情があって自分から記憶操作を受けると決めたのかは知らないが、次に会ってもこちらの事さえ覚えていないだろうと思うとなんとなく後味は悪い。

「ほい、手続き完了。これが分け前な」

 今回の仕事の後金はメルーの代わりに魔法ギルドが支払ってくれるという事で、すでに手続きも済んでいたらしく完了報告後にすんなり金が渡された。クストノームに行った連中の分は向こうで直接渡されるそうだからこちらに入った分は3人で分けていいそうだ。

 金を渡せばさっさとクリムゾンは別れを告げて去って行く。彼と話すのはなかなか面倒なため、正直それにはほっとした。ただ今回は打ち上げをする程の人数がいないというのもあって、エルはあの男がさっさと帰ろうなんて言い出す前に声を掛けた。

「まぁ残ったのは二人だけだけどよ、一応無事帰れた事を祝ってかるーく飲んでいかねぇか? 今回は俺が奢るからよ」
「……珍しいな」
「なんだよ、今回は本っ気でお前に感謝してるって言ったろーがっ。それにちょっと別件の話もあんだよ」

 セイネリアもそれで了承を返す。行くのはパーティーを組んでいた時によく使っていた酒場だ。今日は別に内緒の話をする訳じゃない。実を言うとこの酒場に来るのもエルとしては久しぶりなのだが、別にわざとこなかった訳ではない。単に他の連中との仕事の時は、向うの連中が普段使っている酒場へ行っていただけの話だ。

 一応乾杯をして、とりあえず今回の仕事のヤバさを話しながら適当に盛り上がって――いや話していたのは一方的にエルだけでセイネリアは相槌程度だが――少し落ち着いたところで、エルは彼に聞いてみた。

「なぁセイネリア、お前は傭兵団とか作らないのか?」

 飲んでいたセイネリアはそこで持っていたコップを置いた。

「俺には必要ないな。どうせ足手まといがひっついてくるだけだ」

 その返答はエルとしても予想通りではあった。だからそれに言う事は決めてあった。

「いやまぁそうだろうけどよぉ。だがな、上級冒険者になると、一人で仕事受けるのにはやっぱ限界があんだよ。例えば、どっかの砦の傭兵で雇われるにしたって、団単位で雇ってもらえばある程度自由に動けて、うるさい上の連中の話も多少は無視できるし発言権もある。そんな感じに、大きい仕事を団の人間だけで固められれば、使えない外の連中と組んだりしなくて済むし、結構自由も利く訳だ。後は――そうだなぁ、いっくらお前が馬鹿みたいに強いといってもさ、お前にも出来ない事はあんだし、団となりゃ別に直接の戦力じゃなくて、そういうお前の守備範囲外の特殊技能持ちを確保しておく事も出来たり……いろいろ便利だと思うんだけどな」

 どうよこれならお前だって考えるだろ? ――と、前々から考えてあった言葉を並べれば、憎らしい程に表情が変わらない男はさらっと聞いてくる。

「で、ソレを誰に聞けと言われたんだ?」

 う、と一瞬顔を顰めてからエルはちょっとだけ頭を押さえた。やっぱりこの男はすべてお見通しというところらしい。ただここで誤魔化したりすると話を聞きさえしなくなるというのは長年(でもないが)の付き合いから知っているエルは、はーっと大きくため息をついてから正直に答えた。

「まぁ、お前が騎士団からこっち戻って来たって噂聞いてさ、結構あちこちで言われるんだよ。セイネリアの奴はそろそろ人集めるんじゃないかってさ。で、そうなったら是非声を掛けてくれって」





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