黒 の 主 〜運命の章〜 【63】 「……成程、確かに理にはかなってるな」 確かに、剣に願うのではなく剣から自分へ流れている力を使う事なら出来るのかもしれない。いや出来るだろうとはセイネリアも『分かって』いた。 「それだけの魔力が使い放題なら、貴方絶対魔法使いになるべきよ。あの女なんか目じゃないくらいの大魔法使いになれるわよ」 だがそれを羨ましそうに、目を輝かせて言ってくるアリエラには苦笑しかない。 「生憎だが、それはないな。魔法使いなぞ性にあわん」 「何で? それだけの魔法がつかえれば何が出来るか貴方分からないの? 何でも願いが叶うくらいの状態になるのよ?」 この少女も所詮は魔法使いか、とそこには少々失望する。ただ別に魔法使いではなくとも、とてつもない魔力が手に入ったとなればそう考える方が普通なのだろうとセイネリアは思う。 「そもそも俺は、こんなモノいらないんだ。手に入れたからには使ってもいいが、剣に頼って、剣に使われるのはごめんだな」 ……魔法使いであるこの少女には分からないだろうが。 けれど、それを聞いた彼女は少しだけ考えて、それから口を開いた。 「うん……勿体ない、とは思うけど、『剣に使われたくない』って気持ちは分かる……かな。そうね、そういうのはあるわよね」 それはセイネリアにとって少々驚きではあった。どうやら彼女は完全にセイネリアの嫌いなタイプの魔法使いという訳ではないらしい。考えればあのメルーの弟子でこの性格なら、自らの信念というのは持っていると思っていいのかもしれない。 「お前は将来、かなりの魔法使いになりそうだな」 だから今度は機嫌よく、彼女にそう言ってやる。強気な魔法使い見習いの少女はそこで胸を張った。 「えぇ、少なくともあのおばさんより上にはなるわよ」 「なら貸しを作っておくのもありか」 ただそのセイネリアの言葉には、アリエラは意図が分からなかったのか目を丸くした。セイネリアはその少女の頭をくしゃりと撫でると、その肩に手を置いた。 「ちょ、何よっ」 「このまま術を使え」 焦った彼女だったが、セイネリアの声が少しもふざけていないのが分かると真剣な顔でこちらを見返してくる。 「おそらく、俺が触れて、意識を向けていれば、お前にも多少の魔力が流れていく筈だ。お前が失敗しない確率が少しは上がるだろう」 「わ、分かったわ……」 言うと彼女は魔法陣に向けて呪文の詠唱を始めた。 魔法使いの術は計算式のようなものだ、と魔法使いケサランから前に聞たことがある。魔法陣の記号の組み合わせ、呪文の発音、それらは術の効果を固定させるための組み合わせとして計算して構築されたものだと。ただ問題は魔法陣も呪文の発音も正確さが必要で、そして人間は必ずいつもまったく同じで正しい事が出来るものではない。しかも術を発動させる時に毎回そんな手間を掛けていたら実用にならない。 だから杖に魔法陣と呪文をあらかじめ仕込んでおいて、特定のキーワードを言う事で発動できるようにしておく。そのため自分の杖がなければ魔法使いはロクな術が使えなくなる、という訳だ。 しかもそれを補完するように、今はセイネリアの中にギネルセアの知識もある。 呪文や魔法陣の正確さは、使用できる魔力が強ければ強いだけそこまで重要ではなくなる。魔力に余裕があればあるだけ、呪文や魔法陣より魔力を使うもののイメージの方が重要になってくる。 ならば、セイネリアが魔力を貸せば、あとはアリエラのイメージする力が重要となる。意思の強いこの彼女ならどうにかしてくれるだろう。 アリエラは一心に呪文を唱える。他の連中は黙ってただそれを見ている。 長い、長い詠唱が続く。彼女の集中は切れない。 やがて。 「……セルカーボ・エシテ・レェナ・セト」 最後の呪文を呟いた彼女は、メルーが渡した例の鍵を出して何もない空間に大きな十字を描いた。するとまた、何かが裂けるような音がするのと共にその十字の形に光が浮かび上がる。 「セル・ボー」 開けるための呪文はメルーの倉庫と同じ。木の鍵にそのキーワードで役割が仕込んであるからそのまま使うと彼女は言っていた。 最後にアリエラがその木の鍵を十字の中心に挿す。成功しているのならそれで空間が開く筈だった。 再び大きな音がして、十字の切れ込みからべろりとめくり上がるように空間に穴が開く。そこでやっと、アリエラが大きく安堵の息をついた。 「成功……だと思う」 笑顔でこちらを見返した彼女をみたところ、かなり上手くいったようだとセイネリアも思う。 「すごい……貴方からいくらでも魔力が流れてきて……余ってるくらいだったから、強引に開けられちゃったみたい」 喜んでいる彼女には悪いが、セイネリアがあの剣の魔力を貸してやった時点で成功しない訳がない。ただ彼女が相当にがんばったことは分かっているから、そういう野暮な事を言ったりはしない。 後は鍵を受け取って、皆がアリエラの作った空間に入れば準備は完了する。そこから先がセイネリアの仕事だった。 --------------------------------------------- |