黒 の 主 〜運命の章〜





  【56】



 それは深夜、皆が寝静まったくらいの時間にやってきた。

 前と同じく、直接耳に聞こえた言葉。本人に聞いたら、空間魔法で耳に直接音だけを送っているらしい。ようは転送と原理は同じだという事だ。
 『話があるの、来て頂戴』と言われた声は勿論メルーの声で、それを予想していたセイネリアは暖炉の様子を確認してから家の外へと出た。

 外は真っ暗ではあったが、月が高いせいでかろうじてその光が届いていて慣れれば完全な暗闇でもない。そんな中で、少し離れた場所に小さな明かりが見えた。
 実を言えばそんなものなくてもメルーの魔力は見えていたのだが、セイネリアは呼ばれるまま彼女の元へと行った。

「ふぅん、予想はしていた、というところかしら」

 闇の中で浮かび上がるように、わずかの光を杖に灯して彼女は宙に立っていた。

「まぁな、少なくとも、このまますんなり俺達を帰す気はお前にはない筈だからな」

 魔法ギルドはあの城の場所も、そしてこの剣についても知っていて隠している。それをセイネリアはほぼ確信していた。となればそこへ行った事がバレれば彼女には罰が下される筈である。証拠隠滅としてこちらを消そうとするのは当たり前だ。

「えぇそう、だって貴方達に無事帰ってもらったら、私は困るんですもの」
「あの場所自体の情報が漏れるのがまずいのか?」
「そうね、あそこへ行ったって事がバレるとまずいの。でも、計画は少し修正になったわ」

 言うと彼女はゆっくり地面へと下りてくる。
 それからゆっくり、わざとしなやかに体を揺らしながら一歩一歩セイネリアに向かって歩いてきた。

「貴方があの剣を手に入れたのが想定外ね。あれは人間が持てるものじゃない筈だもの。まさか、あれの主になれる人間が現れるとはね」

 想定外、と言いながらも彼女は『もしかしたら』とも考えていたとセイネリアは思っている。彼女が本当に証拠隠滅だけを考えていたなら剣の話など最初からしない筈だ。なにせあそこで誰かが剣を持って大暴れをし始めたら魔法ギルドに必ずバレる。そうなればなったで魔法ギルド側が対処に一杯一杯になって隠れられると思った可能性はあるが、あの剣を無視して戻るだけより確実にリスクは高い。
 そのリスクを考慮しても、『もしかしたら』のメリットが大きいと思ったから彼女は剣を取りにいかせたのだ。

 メルーは近づいてくると、行きにここの部屋で誘った時のようにしなをつくってこちらの肩に手を置き、それから体をくっつけてきた。唇に艶やかに笑みを乗せ、媚びるようにこちらを見上げてくる。
 だがその目は彼女の『欲』を隠せていない。
 爛々と狂気を映してこちらを見る瞳は化け物じみていて……けれど今現在、自分が化け物となれるだけの力を持ったと自覚のあるセイネリアには、口元を歪めはしても笑えはしなかった。

「私は嬉しいのよ。だって、貴方を殺さなくていい理由が出来たんですもの」

 楽し気に笑いながら、彼女は何処か恍惚とした表情でセイネリアの腕に頬を摺り寄せる。

「私はね、どうにか貴方は殺さなくて済むようにしたくていろいろ悩んでいたのよ。だからそんな事を考える必要もなく、貴方と手を組めばいいだけになったこの状況に感謝しているの」

 となると彼女からすれば行きにここで自分につけ、と言った段階では、こちらをただの使い捨ての駒にするつもり程度の誘いだったか、もしくは単にそう言った場合にこちらがどう出るかを試してみただけか。
 勿論今は本気で手を組みたいと思っているのは間違いないのだろう。あの剣の力を少しでも知っていれば、魔法ギルドを敵に回しても怖くないと分かる。ただし、こちらに対する出方をこの女は失敗した。自分の思う通りになると考え、うまく行かない可能性を無視した段階で計画というのは失敗するものだ。

「手を組めばいいだけ、か」

 皮肉げにセイネリアが呟けば、彼女は更に瞳を輝かせてうっとりと言う。

「えぇそう。剣を手に入れたなら、貴方は分かった筈よ、この国の重大な秘密を、その剣の正体とその力を、あの城がどの国のもので、かつて何が起こったかを」

――つまり、この女はやはり最初からあの城も剣の事もすべて知っていた、という事だ。

「そうだな、分かったさ。分かったが、お前と手を組む気は俺にはない」

 迷う間もなくあっさりと、セイネリアはそう答えた。途端、女の表情が変わる。溢れんばかりの悦びに高揚していた彼女の顔から笑みが抜け落ち、その目は大きく見開かれる。
 こちらの顔を見たまま、女の体は離れていく。
 そこから、ありえない、と唇だけで呟くと、更に彼女の表情が変わった。
 それはまるで女に悪魔でも下りたかのように、瞳の狂気が悦びから怒りに、唇の笑みが昏い憎しみに切り替わって、一見表情のない顔で女はこちらを睨んできた。





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