黒 の 主 〜運命の章〜





  【48】



「……最強の剣だぞ?」
「あぁ、使えすぎてつまらん剣だ」

 それにはまた、彼の口調が軽いものに戻る。小馬鹿するような気配まで感じれば、クリムゾンの頭に血が上る。こちらを揶揄って反応を見ているのかと思ったクリムゾンは怒鳴った。

「何言ってるんだ? 力を手に入れて嬉しくないのか? 最強になれるんだぞ?」

 そこで彼から馬鹿にするような空気が消えた。
 代わりに、強い声が告げてくる。

「おまえこそ何を言っている、こんな剣などなくても最強と言われてるぞ、俺は」

 それは、自信に満ちていて。
 今まで会ってきた何人もの自称『最強』の誰にも感じなかった、それを肯定しか出来ない圧がこの男にはあった。そして聞いた途端、クリムゾンはこの男こそが本当に最強であるとそれを自分が認めてしまっている事に愕然とした。

「随分、自信があるんだな、自分が最強だなんて言えるのは大抵口だけの馬鹿か、単に弱いものとしか戦った事がない奴らなのに」

 言ってはみたものの、ただの負け惜しみだというのもクリムゾンは分かっていた。
 闇の中で、セイネリアの喉を鳴らすだけの笑い声が聞こえた。

「……確かにそうだな」

 前を行く男の足が止まる。喉だけの声が、今度は口を開けた明らかな笑い声になる。何故そこでそんなに楽しそうなのだと全くこの男が理解できないクリムゾンは、足を止めて笑い声が止まるのを待つ事しか出来なかった。

「俺が最強の理由は……そうだな、まだ生きてるから、とでも言っておくか」

 楽しそうな声のまま、セイネリアがそう言ってくる。

「なんだそれは」
「俺より強い奴がいたなら、とっくの昔に死んでる、という程度の意味だ」

 訳が分からない――とは思ったが、考えればなんとなくは理解できる。つまりこの男は、そう言えるだけの修羅場をくぐってきたと言う事なのだろう。

――敵わない。

 この男と話せば話す程、自分の中にあった『強さ』に対しての自信がなくなる。この男と比べれば、自分はなんと矮小な存在なのだとしか思えない。だから次に出た言葉はただの愚痴だった。

「それだけ自信があるなら、そんな剣いらないだろ」
「そうだな、正直いらんな」

 セイネリアは即答してくる。あまりにもあっさりと。

「やれるならお前にやってもいいが……生憎、俺が持たないといろいろ問題がありそうでな」

 それは剣から認められなかった自分に対する皮肉かと思って、クリムゾンも皮肉を込めて返す。

「はっ、それを俺が持ったらお前は最強じゃなくなるが、いいのか?」

 それに返ってきたのは笑い声で。楽しそうに彼は笑った後、また圧を持った凄みのある声で言った。

「それは面白いな。最強になった貴様を倒すのは楽しそうだ」

 今まで、自分の事をまるで第三者視点で語るように気楽に言っていた男の、その時の声だけには彼の感情が入っていた。本気でそれを望んでいるのが分かるその声に、クリムゾンは何故だか急に背に冷たいものを感じて震えた。
 呼吸3回分程の、暫くの沈黙の後、彼はまた軽い、冗談めかした声で言う。

「まぁ、こんなものを持っているせいで最強だと言われるのは癪だからな。俺は剣のおまけになりたい訳じゃない」

 また笑い声が聞こえたが、それは先ほどと違って楽しそうには聞こえなかった。その時初めて、クリムゾンは『最強』という言葉に拘って剣の力を求めていた自分が嗤われているのだと分かった。

「いいか、最強と呼ばれるだけの能力と自信がある者なら、こんな剣の力などいらないと言う筈だ。なにせ自力で手に入る『最強』という称号にケチがつくのだからな。だからこの剣を欲しがる者は、最強には自力では到底届かないという事を認めている者、という事だ」

 クリムゾンは自分が剣に選ばれなかった理由が分かった気がした。最強になれるとそう思って剣を欲してしまった時点で、自分は最強になれないと自分で認めていたという事だ。そんな人間が『最強』と呼ばれていい訳がない。
 クリムゾンは今、自分を恥じていた。
 強いと思っていた自分という人間の小ささに呆れて、今まで弱者を見下していた自分を恥じた。この男からすれば、自分もまた見下されるだけの人間であるとクリムゾンはそれを認めた。

「まぁ、長話はこの程度にしておくか」

 言うとセイネリアはまた歩き出した。クリムゾンは暗闇の中、見えないその男の背を見てから歩きだした。




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