黒 の 主 〜運命の章〜





  【21】



 樹海には危険な生物が多く生息する……とは言っても野生動物というのは理由もなくそうそう襲ってくるものでもない。大抵の動物はこちらの気配を察せば勝手に逃げてくれる。危険なのは手負いや子持ち、縄張りに入った途端襲ってくる習性の連中だが、子供を連れて歩く時期にはまだ早い筈だから問題はそれ以外だろう。ここまではこの手の大型獣の縄張りらしいところはどうにか迂回出来ていたが、今回は難しそうではあった。

「いざとなったら相手をしないとならないだろう。各自いつでも戦えるようにはしておけよ」

 セイネリアが言えば皆の間に緊張が走る。
 下に下りないまま段差沿いに暫くいけば、上手い具合に下りる時に足を掛けられそうな木のある場所を見つけた。周囲に獣の食事あとらしきものもない、獣臭もない。セイネリアはロープをその辺りの木に括り付け、それを持ってまず一人で下へ下りた。

――気配は……ないか。

 少なくとも近くにヤバイのがいる気配はない。聞こえる鳥の声も穏やかだ。
 手を上げて問題ない事を告げれば、すぐに次にはエルが下りてくる。その次はサーフェスだが、下で受け止めた方がいいかと待っていれば彼が言ってくる。

「ちょっと待ってくれる? ここならいけると思うんだ」

 そうして彼は胸元からメルーのものよりずっと短い杖を取り出すと、地面に刺して何かを唱えた。そうすればすぐ、足を掛けられそうだと思ったその木が動き出し――いや、成長しているのだろう、植物系魔法使いの力で。
 木は奇妙にひん曲がったような伸び方をして、先程よりも更に、下りる時に足を掛けるにも掴まるにも丁度いい形となって成長を止めた。
 それを使ってサーフェスが下りてくる。それから他の連中も木を使って楽に下りる事が出来た。メルーは魔法を使って下りて来たのはいいとして、サーフェスのお陰でさほど時間を掛けずに全員下りられたのもあって、その間何かに襲われる事もなかった。
 だが安堵など出来ない、ここからは急いで離れるべきだ。

――夜行性の奴ならねぐらに近づかない限りは大丈夫だと思うんだが。

 そうは言っても樹海は昼でも薄暗い。光に弱い連中でも活動出来る。

「行くならもう少しこちら側からいった方がいいと思います」

 それはラスハルカの声で、セイネリアは一見ぼうっと突っ立っているように見える彼に近づいていった。

「何故だ?」
「ここはどうやら縄張りと縄張りの境目です。そしてこちら側の方がまだ厄介ではありません」
「どういう事だ?」
「こちらの方が数が多い。こちらの方が数が少ない、そういう事です」
「おい、何を言っているんだ貴様は」

 そこにクリムゾンがやってくる。エルはメルーと話していて、他の連中は休憩したり雑談をしているからこちらに気付いていないようだ。
 セイネリアは赤髪の剣士を片手で制してラスハルカにまた尋ねた。

「なら、お前にはソレがどんな奴か分かるのか?」
「そうですね……どちらも大きいのが一匹、それに小さいのがいくつか」

 言いながら彼はおそらく『大きい』と言う奴の事なのだろう、手で大体の大きさを示して見せた。

「つまり、向うの縄張り主の方が、連れてる小さい奴の数が少ないという訳だな」
「そうです」

 それまでどこか遠くを眺めているようだったラスハルカが、こちらを見てにこりと笑う。セイネリアが手を下ろせば、クリムゾンが彼に突っかかって行った。

「どうやってそれが分かった? 根拠は何だ?」

 それに困った顔をしたラスハルカを見て、セイネリアは赤い髪の男の肩を掴んで引かせた。

「こいつの神様の能力だろ、いくぞ、ぐだぐだ喋っている時間が勿体ない」

 言えば思ったよりもあっさりと、クリムゾンはラスハルカに背を向けて歩き出す。

 ラスハルカがどこの手の者かは分からないが、彼も現状生き残りたいのは間違いない。ならば嘘やこちらを迷わせるためのいい加減な情報は言わない筈で、彼の『能力』で見た事なのだろうとセイネリアは結論付けた。




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